理化学研究所(理研),富山大学の研究グループは,10フェムト秒の光パルスを用いた独自の計測手法により,瞬間的な化学結合の生成に伴って3ピコ秒で進む分子の構造変化を直接追跡することに成功した(ニュースリリース)。
研究グループは,結合の生成に伴った素早い分子の構造変化を観測するために,独自に開発した「フェムト秒時間分解インパルシブ・ラマン分光法」と呼ばれる分光計測法を用いた。
まず,波長310nmの紫外光を用いて,水溶液中のジシアノ金錯体の三量体を励起し,金原子間に結合を生成させた。次に,10フェムト秒の時間幅を持った極短可視パルス光を照射し,インパルシブ誘導ラマンを利用して,励起状態にある三量体の金原子間の結合を一斉に揺さぶり,この揺れる様子を時間的に遅れたもう一つの極短可視パルス光を使って,実時間で観測した。
こうして観測される金原子間の伸縮振動には,揺さぶった瞬間において金原子がどのように強く結合しているか,また分子がどのような形状をしているかに関する詳細な情報が含まれている。
反応を開始させる紫外光を照射してから金原子間の結合を揺さぶる光を照射するまでのタイミングを変えながら測定を行なうことで,フェムト秒の時間領域におけるジシアノ金錯体三量体の構造変化の追跡を行なった。
ジシアノ金錯体三量体の分子振動の変化を追跡したところ,まず紫外光照射直後(0.2ピコ秒後)に金原子間の伸縮振動に帰属される86cm-1の振動数を持つ分子の振動(約390フェムト秒周期)が明瞭に観測された。
金原子間の伸縮振動の振動数は,金原子間の結合の強さを表す。観測された振動数は結合生成前(約30cm-1)に比べて非常に高く,このことから結合の生成に伴っておよそ0.2ピコ秒以内で金原子間の収縮が起こり,その距離が縮まっていることが分かった。
一方で,この金原子間の伸縮振動は,紫外光照射から時間が経つにつれてその振動パターンが徐々に変化し,その振動数はおよそ3ピコ秒かけて徐々に高くなっていくことも分かった。
解析を行なった結果,観測された振動数の変化は,強固な結合が形成されたことによってジシアノ金錯体三量体が曲がった形状から直線型の構造へと変形する過程であることが分かったという。
ジシアノ金錯体の結合形成に伴う構造変化は世界的な論争として大きな注目を集めてきたが,今回その全貌が初めて明らかになった。特に,他の手法ではとらえられないテラヘルツ領域の分子振動の観測が今回の知見につながった。
これらの研究は,化学反応に対する最も基礎的な理解を与えるだけではなく,化学結合の開裂・生成を操作し,より効率的な反応を実現するための技術を開発する上で大きな一歩になるとしている。