東京大学と東京理科大学の研究グループは,典型的な一次元モット絶縁体である有機分子性物質にポンプ-プローブ分光法を適用し,励起子から励起子分子への遷移を観測することにより,励起子分子が安定に存在することを明らかにした(ニュースリリース)。
電子間に強いクーロン反発が働く物質群は強相関電子系と呼ばれており,遷移金属酸化物やある種の有機分子性物質がそれに含まれる。これらの強相関電子系に光パルスやテラヘルツ波パルスを照射すると,高速に絶縁体を金属に変えたり,磁性の無い物質を磁石に変えたりすることができる。
モット絶縁体は,電子が互いに近い距離にあるとき,大きなクーロン反発が働くために,電子が物質中を動き難くなって絶縁体となった状態。強相関電子系の非平衡量子物理において,モット絶縁体の光励起後のダイナミクスは基本的かつ重要な問題とされる。
一方,モット絶縁体に光パルスを照射した時の励起状態の性質には,電子が離れているときのクーロン反発の効果が重要であると予想されている。しかし,現実の物質で,電子間に働くこの長距離のクーロン反発がどの程度まで励起状態の性質や非平衡現象に支配的な役割を果たしているかは未解明だった。
研究では,強相関電子系の光励起状態における電子間に働く長距離のクーロン反発の役割を明らかにするために,一次元的な電子構造を持つモット絶縁体の励起子と励起子分子に注目し,典型的な一次元モット絶縁体であるET-F2TCNQと呼ばれる有機分子性物質を対象とした。
研究ではまず,この系にテラヘルツ波パルスを照射して反射スペクトルの変化を測定し,それから求められる吸収スペクトルの変化の解析により,励起子が安定に存在することと,励起子を構成するダブロンとホロンの束縛エネルギーを示した。
次に,励起子を近赤外の光パルスで生成した後の反射スペクトルの変化を調べ,励起子による吸収の低エネルギー側に,励起子から励起子分子への遷移と考えられる吸収を見いだした。二つの吸収の差は,励起子分子における励起子間の引力に対応する。
この値は励起子の束縛エネルギーの約1/3だが,このことは,電子が各分子に局在していると仮定した簡単なモデルによる予測と合致し,この吸収が最近接から第三隣接まで4分子にわたる電子間クーロン相互作用を考慮することによって再現できることがわかった。
この結果は,観測された吸収が励起子-励起子分子遷移によるものであること,また,長距離クーロン相互作用がモット絶縁体の光励起状態において重要な役割を果たしていることを明確に示すものだという。研究グループは今後,この知見を強相関電子系における非平衡現象の解明に生かしたいとしている。