理化学研究所(理研)らの研究グループは,並列に配置された2本の半導体ナノ細線上にジョセフソン接合を形成し,超伝導体中のクーパー対を構成する2つの電子を2本のナノ細線へ,高効率で弾道的に分離することに成功した(ニュースリリース)。
量子もつれ状態は,超伝導体中のクーパー対を構成する2つの電子の間に存在している。このクーパー対を空間的に分離し,量子もつれ状態にある2つの電子を個々に操作できれば,固体中ではよくわかっていない「非局所性」の量子相関の物理を解き明かすことができる。また,2つの異なる伝導体の間に量子的な相関を形成することにより,新原理の量子情報素子の誕生が期待できる。
しかし,これまでクーパー対の分離には,電子を閉じ込める構造である量子ドットを2個使う方法が用いられており,電子を個々に伝搬させたり,操作したりすることはできなかった。
研究グループは,シリコン(Si)基板上に,高移動度の半導体ナノ細線インジウムヒ素(InAs)を撒き,並列になっている2本のナノ細線に,電子密度を独立に制御するためのゲート電極を取り付けたジョセフソン接合デバイスを作製した。
今回の研究では,まず2つのゲート電極を用いて,2本のナノ細線の電子密度を独立に変化させながら電気伝導度を測定した。その結果,それぞれのナノ細線の電気伝導度が量子化することを確認した。
次に,極低温において超伝導電流のゲート電圧依存性を測定した。超伝導電流は,クーパー対がアルミニウム電極間を流れることにより運ばれる。ゲート電圧を変化させることで,超伝導電流を2本のナノ細線の両方に流したり,1本ずつに流したりすることができる。
測定の結果,両方のナノ細線に流れる場合の超伝導電流の大きさは,片側のナノ細線のみをそれぞれ流れる場合の超伝導電流の和よりも大きくなることを発見した。両方のナノ細線を流れる場合の超伝導電流の増加分は,クーパー対を形成する二つの電子が空間的に分離して,それぞれ異なるナノ細線に運ばれるものがあることを示すという。
また,観測された超伝導電流の値から,クーパー対分離が起こる効率を評価した。すると,ナノ細線の電子密度が小さいほどクーパー対分離の効率が大きくなり,両方のナノ細線を流れる超伝導電流に占めるクーパー対分離の割合が大きくなることがわかった。
この電子密度の変化とクーパー対分離の効率の依存性は,理論研究で示されている振る舞いと定性的に一致しており,分離効率が1次元電子系の電子間相互作用により増大することが分かった。
従来の量子ドットでは,量子ドットの静電エネルギーによりクーパー対分離が高効率になることから,今回の結果はこれまでとは異なる新しい機構により発現していると考えられるという。研究グループは,今回の成果は固体中での量子もつれ状態の物理を解明するための重要な基盤技術を提供するとしている。