東大,小電力で磁化方向制御に成功


東京大学の研究グループは,磁石のN極とS極の向き(磁化の向き)を非常に小さい電力で回転できる方法を実証した(ニュースリリース)。

現在,強磁性体の電子のスピン自由度を用いて新たな省エネルギーデバイスを実現しようとする研究が行なわれている。このようなスピンデバイスを用いれば,デバイス出力を磁石の磁化の向きで制御し,情報を磁化の向きとして電力を使わずにデータを保持できるようになる。

しかし,磁化の向きを変えるには,107Acm–2程度の大きな電流が必要であるため,磁石の磁化を小さな消費電力で制御する方法の実現が課題となっていた。

研究グループは,強磁性酸化物LaSrMnO3と絶縁体SrTiO3の単結晶ヘテロ構造で構成される磁気トンネル接合素子を作製して,この接合に小さな電圧(15~200mV)を印加するだけで片方のLaSrMnO3層の磁化が90°回転することを明らかにした。磁化回転に必要な電流はわずか10–2Acm–2程度であり,ほとんど電力を消費せず磁石の向きを90°回転できることが分かった。

単結晶でできた強磁性材料は,その結晶構造を反映して,磁化が特定な方向を向きやすい性質(結晶磁気異方性)を持つ。結晶磁気異方性は,その物質の伝導電子のもつ電子軌道の形や対称性と関連していることが知られており,電圧を印加して電子のエネルギーを変化させることにより,対称性の異なる軌道に電子を遷移させることができれば,磁石の結晶磁気異方性が変化して磁化が回転する可能性がある。

しかし,通常の金属の強磁性体などでは,伝導電子のもつエネルギーと,それとは異なる対称性をもつ軌道の電子のエネルギーが離れていることが多く,電圧でこのような遷移を起こすことは容易ではなかった。

研究に用いた強磁性酸化物LaSrMnO3は,絶縁体SrTiO3と接した状態において,その界面で,対称性の異なるegとt2gという電子軌道がお互いに近いエネルギーをもっており,わずかな電圧で伝導電子の軌道を遷移させることが可能となったという。

研究グループは,実際にLaSrMnO3について,磁気トンネル接合素子にわずかな電圧を印加して片方の層の結晶磁気異方性を大きく変化させ,磁化を無磁場で90°回転させることに成功した。

物質の電子構造を設計するバンドエンジニアリングは,半導体などの電子デバイスの設計において欠かすことのできない技術である。研究により,今後,強磁性物質の磁化制御という新たな分野でも,この技術を活かすことができることが明らかになったとしている。

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