大阪大学の研究グループは,優れた物性を持つナノ材料グラフェンとマイクロ流体デバイスを組み合わせた新しいバイオセンシング手法を開発した(ニュースリリース)。
グラフェンは,電気的に病原体などの標的を検出するバイオセンサーに最適のナノ材料。しかし,グラフェンバイオセンサーの実用化には,グラフェンの品質のばらつきやデバイ遮蔽(検出対象の表面電荷が水溶液中の反対電荷のイオンによって中和される現象)の問題があった。
今回研究グループは,標的そのものの電荷ではなく,標的が生じる反応を計測することによって検出ができないかと考えた。例えば,胃がんを引き起こすことが知られている細菌ヘリコバクター・ピロリは,強酸性の胃の中で生き残るために,たんぱく質でできた触媒である酵素の一種ウレアーゼを持ち,ウレアーゼを使ってアンモニアを発生させて胃酸を中和する。
このアンモニア生成反応をグラフェンバイオセンサーでも使えないかと考え,グラフェンを電界効果トランジスタ(FET)に加工して実際に計測を行なった。その結果,アンモニア水の中のアンモニアを電流で検出することができ,ウレアーゼの反応によってアンモニアが増えていく様子もリアルタイムに計測することができた。
ピロリ菌を検出するためには,ピロリ菌とだけ結合する抗体という分子をグラフェン上に修飾し,グラフェンの上にピロリ菌を捕捉するが,捕捉された菌はごく微量で,菌による反応でできたアンモニアはすぐに外に拡散してしまい,検出できるほどの濃度にならない。そこでグラフェンの上に溶液を溜める極微小な容器を作製した。
この穴は大きさがマイクロメートル(10-6m),容積はフェムトリットル(10-15L)で,ここに溜まったごく微量の液滴内に発生したアンモニアを閉じ込めることにより検出できるようにした。
また液滴の体積を均一化することで,液滴内での反応速度を計算できるようになり,そこから標的の定量が可能になった。
今回,グラフェン上にデバイ長よりも離れた位置で捕捉されたピロリ菌を,従来の検査キットの10万分の1の低い菌濃度,菌1個以下(菌体破片)のごく微量で検出する事に成功した。今回のような微小な溶液を扱う装置を,実験室が小片上にあるという意味で「Lab on a chip」と呼ぶことから,研究グループはこれをグラフェンFETと複合化して「Lab on a graphene FET」と名付けた。
研究グループは今回の研究により,極めて高感度かつ簡便なバイオセンシングが可能になり,優れた物性を持つグラフェンの社会実装が近づくとしている。