理化学研究所(理研)の研究グループは,有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)デバイスにおいて重要な役割を担う三重項励起子を低電圧で選択的に形成する新たな機構を発見した(ニュースリリース)。
有機分子からの発光には,一重項励起子(S1)が発光する「蛍光」と三重項励起子(T1)が発光する「りん光」の2種類がある。S1に比べてT1の形成効率が高いため,りん光を用いた有機ELデバイスが主流となっている。
しかし,りん光を用いた有機ELデバイスでは,蛍光を利用したデバイスより駆動電圧が高くなることや,青色のりん光材料が商用化できていないという問題があった。
研究グループは,今回,分子を占める電子間の交換相互作用という量子力学的な効果から,S1とT1にはエネルギー差があり,T1の方がエネルギー的に低いことに着目し,独自に開発した走査トンネル顕微鏡(STM)発光分光装置を用いて,単一分子の発光測定を行なった。
この実験系は,STM探針と金属基板が正・負の電極になり,その間に有機分子が存在して電流が流れるという有機ELデバイスの最もシンプルなモデル。
研究グループは,実験対象として,電子を受け取りやすい性質を持つ3,4,9,10-ペリレンテトラカルボン酸二無水物(PTCDA)分子を,分子を吸着させる基板として,銀基板上に成長した塩化ナトリウム(NaCl)絶縁体膜を選んだ。PTCDA分子がこの基板に吸着すると,金属基板から1つ電子を受け取りマイナスに帯電した状態になる。3.5Vの電圧をかけて実験した結果,発光スペクトルが得られた。
次に,これらの発光を調べるために,加える電圧を変えて発光測定を行なった。りん光,蛍光ともに電圧を大きくしていくと,発光強度が大きくなっていく様子が観察できた。この実験結果を,横軸に印加電圧,縦軸にりん光と蛍光の発光強度としてプロットしたところ,りん光は2.1Vから,蛍光は3.3Vから発光が始まり,りん光の源であるT1が低電圧で選択的に形成されたことを示した。
さらに,研究グループは,2019年に発表した発光過程を記述する理論を発展させて解析に用いることで,今回明らかになったT1の選択的形成機構を理論的に証明したという。
研究グループは,今回の研究成果は,有機ELデバイスのエネルギー効率の向上につながるとし,さらにはT1を低電圧で形成できることから材料選択の幅が広がり,これまで実現できなかった青色のりん光材料を実現できる可能性があるとしている。