産業技術総合研究所(産総研),三重大学,京都大学の研究グループは,韓国の蔚山大学,科学技術院,浦項工科大学,高麗大学校の研究グループと共同で,非対称な人工格子構造が操る垂直磁化の新メカニズムを実証した(ニュースリリース)。
磁気デバイスの性能を高める技術に垂直磁化方式がある。そこで重要になってくるのが,垂直磁化を示す磁性体多層薄膜の材料設計。さらなる不揮発性磁気デバイスの高性能化に際しては,より強い垂直磁化の薄膜をつくることが求められている。今回の研究では,薄膜の面直方向に沿って非対称な人工格子構造を導入することにより,垂直磁化が増強されることを見出し,そのメカニズムを実証した。
既存デバイスにおいてよく用いられている多層薄膜構造は,厚さ0.2nmのコバルト(Co)層と白金(Pt)層,あるいはCo層とパラジウム(Pd)層を交互に積層させるのに対し,今回の研究で開発した非対称な多層薄膜構造は,Co層Pt層Pd層Co層Pt層Pd層…で,Co層の上下が異なる材料(PtとPd)となるように積層させた(各層の厚さは0.2nm)。
Co層の上下が非対称なPt/Co/Pd構造と,対称なPt/Co/Pt構造,Pd/Co/Pd構造の試料を作製し,振動試料型磁力計(VSM)測定により垂直磁化特性を評価した結果,非対称なPt/Co/Pd構造の方が磁気異方性エネルギーが正に大きく,強い垂直磁化が得られることを明らかにした。またこの実験結果を,第一原理計算を用いた理論により証明した。
非対称なPt/Co/Pd構造において強い垂直磁化が得られたメカニズムは,既存の対称構造では,フェルミ準位近傍のエネルギーにある電子の軌道とスピン軌道相互作用により,内部エネルギーが最も低くなる磁化容易軸を持つ。これが垂直磁化の強さを決定づけていたが,材料の組み合わせでその強さが制限されていた。
今回の研究の提案では,人工的な非対称構造の付与により意図的な空間反転対称性の破れを作り出すことで,この制限を打ち破るような付加的な特性増強を目指した。実際に作製した非対称なPt/Co/Pd構造では,材料の組み合わせで決まる対称構造(Pt/Co/Pt構造およびPd/Co/Pd構造)と比較して,実験値で約2倍(理論計算値では1.3倍以上)に垂直磁化を強められることを示した。
そして理論計算では,空間反転対称性の破れにより,電子の面内運動量と電子のスピンの向きを結合(ロッキング)するラシュバ効果が生み出され,このラシュバ効果が磁化容易軸をより強く垂直方向に導く重要な駆動力になっていることを示したという。
研究グループは,今回の成果は,高い記録記憶密度,高速の読み書き,低い動作消費電力,高い書き換え耐性を持つ不揮発性磁気デバイスの早期開発に向けて,新しい開発指針を提供するものだとしている。