東京大学の研究グループは,パイロクロア型イリジウム酸化物(Pr2Ir2O7)の高品質な薄膜の作製に世界で初めて成功し,この物質が歪みや外部磁場によってワイル半金属となることを実証した(ニュースリリース)。
近年,電子間の相互作用が強いトポロジカルな電子相,特にワイル半金属が注目されている。ラッティンジャー半金属であるPr2Ir2O7は,格子歪みや外部磁場を加えることで,ワイル半金属となることが理論的には予測されていたが,実験的に証明されていなかった。
これを実証するため,高品質なPr2Ir2O7薄膜の作製に世界各国のグループが取り組んだが,物性評価はおろか薄膜の作製に成功した報告は皆無だった。特に高温でイリジウムの揮発性が高いことが,薄膜の作製を困難にしている。
そこで,研究グループは,室温でパルスレーザー蒸着した薄膜をその後大気中で加熱することで結晶化させるという「固相エピタキシー法」によって,イットリア安定化ジルコニア(YSZ)基板上に高品質なPr2Ir2O7エピタキシャル薄膜を作製した。
この薄膜の結晶構造を詳細に調べたところ,格子歪みが導入された結晶粒と格子緩和した結晶粒とが共存していることがわかった。
この薄膜試料を用いてホール効果測定を行なったところ,外部磁場も自発磁化も共にない状態で自発的ホール効果を50K以下で示すことが明らかになった。この値はバルク体が1.5K以下でしか自発的ホール効果を示さないことを考えると,非常に高い温度となる。
自発的ホール効果が現れる理由は,イリジウムの磁気モーメントがall-in-all-out構造をとっていて時間反転対称性が破れているためと考えられる。この場合,格子歪みが導入されている部分に関しては,理論的に予測されている,立方対称性と時間反転対称性が同時に破れているとワイル半金属が現れるという条件を満たしていることになる。
また,研究グループは,格子歪みのない部分は本来バルク体と同じラッティンジャー半金属だが,外部磁場を印加することで時間反転対称性が破れると,磁性ワイル半金属が現れると考え,ワイル半金属の電気・磁気応答であるカイラル異常を測定した。
非常に精密な測定を行なった結果,カイラル異常に関連した負の縦磁気抵抗効果とプレーナーホール効果を観測することに成功した。このことは,外部磁場を印加することでワイル半金属が誘起されることを意味するという。
研究グループは,今回の研究により,今後,他の外場を与えることによる電子間の相互作用が強い新奇なトポロジカル相の開拓や,超高速・低消費電力デバイスの応用につながると期待できるとしている。