日本電信電話(NTT)は,超伝導磁束量子ビットを用いて少数電子スピンを含む微小体積の試料に対して分析を行なえる電子スピン共鳴の実証に成功した(ニュースリリース)。
電子スピン共鳴は電子スピン(不対電子)を含む材料の分析に幅広く用いられるが,分析する試料は大量の電子スピンを持ち,かつ,数ミリリットル程度が必要といった条件があり,その高感度化・高分解能化が求められていた。
今回研究グループは,超伝導磁束量子ビットと電子スピンを含む試料を20mK以下の絶対零度に近い極低温に冷却して実験を行なった。超伝導磁束量子ビットのチップ上に電子スピンを含む試料を直接貼り付け,外部磁場を印加することで,上向きの電子スピンと下向きの電子スピンのエネルギーに差が生じる。
この状態では,外部磁場と同じ向きの電子スピンがエネルギー的に安定となり,多くの電子スピンの向きが外部磁場の方向に揃う。電子スピンが同じ向きを向くと,周囲に磁場が生じる。この磁場を超伝導磁束量子ビットで測定する。超伝導磁束量子ビットは素子を構成するループ構造を貫く磁場に非常に敏感であることが知られている。
次に,電子スピンのエネルギー差に等しいエネルギーを持つマイクロ波を照射すると,マイクロ波との共鳴により一部の電子スピンはエネルギーの高い状態,すなわち外部磁場と逆の方向を向く。共鳴が起きると,上向きと下向きそれぞれの電子スピンが作り出す磁場が打ち消し合い,電子スピンの周囲に生じる磁場は小さくなる。
この様に共鳴の有無により電子スピンが作り出す磁場の大きさが変化するため,マイクロ波のエネルギーを掃引し,共鳴点を探して電子スピンのエネルギー差を測定することにより,さまざまな材料パラメータを得ることができる。
今回,電子スピンを含む試料として,ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心に磁場を印加し(5.8mT),さらにエネルギー(周波数)を変えながらマイクロ波を照射し,超伝導磁束量子ビットの検出した磁場を観測し,2つの大きな信号を得た。この信号は,試料の電子状態を反映したもので,材料パラメータは文献値とよい一致を示した。
こうして超電導量子ビットによる電子スピン共鳴を実現したが,今回研究グループは,これまでの共振器同様に磁場のみを掃引する方法に加えて,マイクロ波も掃引する2次元掃引によって,より確度の高い構造決定を実現した。
さらに,超電導量子ビットの磁場センサーとしての感度を,超伝導量子干渉計(SQUID)の1000倍程度となる,1秒間の積算で電子スピン400個相当,検出可能な試料の体積0.05ピコリットルを算出した。
研究グループは今後,実験系や素子の最適化等により電子スピン共鳴のさらなる高感度化をめざすとしている。そのためには,現在24μm×2μm程度の超電導量子ビットをμmサイズにすることが求められるが,こうした小型化は可能だという。研究グループではさらに,超伝導磁束量子ビットをアレー化することで,細胞内の鉄やイオンなどの分布の検出にも使える電子スピン共鳴イメージングをめざすとしている。