大阪市立大学と東京大学は共同で,発光性ラジカルの磁場変化を示す試料の光励起状態を研究し,エキシマー形成の初期状態として弱く相互作用した対状態が最初に形成され,そこからエキシマー状態に移っていく様子を,電子スピンを探針として利用して初めて明らかにした(ニュースリリース)。
有機ラジカルは,化学反応の中間体や高分子重合の制御を可能にする物質として,また,なかでも,空気中でも長時間安定な有機ラジカルは、磁性材料や二次電池の材料として,応用研究の側面からも注目されてきた。しかし,その光学特性,とくに発光特性と励起状態は,あまり着目されてこなかった。
近年,複数の研究グループにより,発光性の有機ラジカルが合成され,それらの電界発光(EL)等も研究され始めた。なかでも,2014年に東京大学のグループにより合成された(3,5-dichloro-4-pyridyl)bis(2,4,6-trichlorophenyl)methyl(以下,PyBTM)は,光耐久性がひじょうに高い。
また,そのラジカルを前駆体にドープした状態では,89%もの高い発光量子収率を示し,高濃度ドープ試料において,液体ヘリウム温度(4.2 K)の極低温で100%を超える大きな発光の外部磁場に対する変化(磁場効果)も観測された。しかし,この磁場効果の機構や,発光性ラジカルの励起状態の挙動については,全く明らかになっていなかった。
いっぽう,大阪市立大学のグループは,これまでにπ共役した安定ラジカルの光励起状態での電子スピンの整列現象や,その励起状態でのダイナミクスを解明してきた。これまでに,世界で初めてπラジカルの高スピン光励起状態の実験的検証にも成功している。
今回,両グループの共同研究として,PyBTMラジカルを前駆体にドープした試料を用いて,時間分解発光スペクトルと発光をモニターして電子スピン共鳴を検出する光検出磁気共鳴により,発光性ラジカルの励起状態物性とそのダイナミクス(動力学的過程)を明らかにした。
この研究の特色としては,これまでの発光性有機分子材料の研究と異なり,対をつくっていない電子からなる電子スピンを分子内に一つ持つラジカル材料を用いることにより,電子スピンを探針として利用することができ,励起状態でのエキシマー形成の初期過程や,そのダイナミクスがスピン化学の視点から初めて詳細に解明できた点にあるという。
研究グループは,発光性ラジカルの励起状態とそのダイナミクスがさらに明らかになることにより,有機分子の励起状態とそこからの発光過程や,その対極にある無輻射遷移過程(光を発しないでエネルギーを失活する過程)の学術的解明に大きく寄与するとしている。