東京大学,理化学研究所,米テキサス大学オースティン校の共同研究グループは,反強磁性金属Mn3Snを用いてスピントロニクス素子を作製し,Mn3Sn結晶表面にスピン蓄積が生じていることを確認した(ニュースリリース)。
さらに,外部磁場の向きを変化させながら印加することで,Mn3Snの微小磁化の向きを反転させ,その変化とともに表面に蓄積されたスピンの極性が変化する新現象「磁気スピンホール効果」を発見した。
電流をスピン流に変換するスピンホール効果は,電流をスピン流に変換する機構で,次世代スピントロニクスの要として,その物理機構の解明や高効率化に向けた研究が世界中で展開されている。しかし従来の研究は磁性を持たない非磁性の物質に限られており,スピンホール効果に対して磁性がどのような役割を持つのかについては未解明だった。
今回,研究グループは,三角格子を基調とした構造を持つ反強磁性金属Mn3Snを用いたスピントロニクス素子を作製し,スピンホール効果測定を行なった。Mn3Snは,巨大異常ホール効果,異常ネルンスト効果,磁気カー効果などの巨大応答が相次いで観測されるなど,新機能開拓に注目が集まっている新物質(トポロジカル磁性体,またはワイル磁性体)。
研究グループは従来の薄膜成長技術ならびに微細加工技術に加え,バルク単結晶を微細素子に加工する技術を独自に開発し,Mn3Snの高品質単結晶を用いたスピントロニクス素子の作製を実現した。
次に,本素子のMn3Sn単結晶の面内に電流を印加し,結晶表面に配置した電極間に生じる電位差を室温で計測したところ,スピンホール効果によって表面スピン蓄積が生じていることを検出した。また外部磁場を印加することによってスピン蓄積の偏極方向がMn3Snのスピン反転と同時に変化することを発見した。
このような磁性体のスピン反転によるスピンホール効果の符号反転は,従来研究の中心であった非磁性金属では決して起こり得ないもの。この実験結果を理論的なモデル計算と比較検証し,今回の現象を「磁気スピンホール効果」と名付け,新型のスピンホール効果として確立した。
また同様のMn3Sn単結晶薄片にスピン流を注入し,スピンホール効果の逆効果であるスピン流から電流への変換現象の観測にも成功したという。
研究グループは,今回の研究により,磁性体中のスピン流−電流の相互変換を確立し,より効率的に動作するスピントロニクス素子の創製に貢献できるとしている。