東京大学は,光の波形を操作する技術を用いることで,分子の種類と量を計測する分光手法の計測を1,000倍高速化し,1秒間に1万回以上の計測をすることに成功した(ニュースリリース)。
分子を構成する複数の原子は,外部からエネルギーを与えられると各々固有の周期で振動する性質を持っている。この振動のエネルギーと同じエネルギーを持つ光を分子に当てると,分子は光を吸収して振動し始めるため,この光の吸収を計測することで分子を同定することができる。
この手法は一般に分子分光と呼ばれるが,その中で最も広く利用されているのがフーリエ変換分光法。さまざまな周期で振動する分子振動を1回で同時計測できるため,あらゆる分子の同定が可能だが,計測速度が遅いため1秒間に10回程度の計測が限界だった。
この問題に対して,近年極めて緻密に制御された最先端レーザーを用いて同等の計測を高速化する手法(デュアルコム分光)の研究が盛んに行なわれている。しかし,この手法には複雑な実験装置が必要であるため,実用的な計測機器には向かなかった。
従来のフーリエ変換分光法の計測速度を律速していたのは,マイケルソン干渉計の一軸方向に動く鏡の動作速度だった。今回研究グループは,この鏡の持つ機能を光の波形制御技術で代替することができる点に着目。波形制御機構を持つマイケルソン干渉計を導入することで,1秒間に12,000回の広帯域分子分光計測ができることを見いだし,その実証に成功した。
高速に角度変化する鏡を波形制御機構に組み込むことで,従来型に対して1,000倍の高速性能を実現するに至った。波形制御で光の干渉波形を最適化することにより,データサンプリングの周波数で決まる最高速度の計測を実現したことがこの技術のポイント。これにより,デュアルコム分光法と同等の機能を実現した。
また,この手法は光源に高い時間コヒーレンスを要求しないため,デュアルコム分光法のようにコヒーレントなレーザー光源を用いる必要がない。そのため,太陽光やLEDなどの身近な光(インコヒーレント光)による高速計測が可能であることもこの手法の利点という。
研究グループは,今回開発した技術により,これまで計測が困難であったパターン化していない高速現象,例えば,製造現場などで複数分子が複雑に入り乱れて化学反応を起こす燃焼過程の計測などが可能となるとする。また,単位時間あたりに多くの計測が可能となるため,広い範囲の大気中環境ガスのモニタリングや,食の安全を守る食品検査,生命科学のための生物試料の計測などへの利用も期待されるとしている。