横浜国立大学,浜松ホトニクス,東京大学の研究グループは,次世代エレクトロニクスの発展に不可欠な「高速化」と「微細化」の問題に新たな道筋をつける,超高速ナノ空間電子操作技術の開拓に成功した(ニュースリリース)。
近年,電子制御を飛躍的に高速化させる次世代の手法として,超短パルスレーザーや単一サイクルのテラヘルツ波のキャリア・エンベロープ位相(CEP)−光・THz波中の振動電場の位相− を利用することが考案された。これにより,光・THz電場の振動周期よりもさらに短い究極の時間スケールで電子を操ることができるため,超高速光エレクトロニクスの開発が可能になると考えられている。
これまでに研究グループは,この超高速電子制御を光の回折限界を超えた超微細領域で行なうことを目指し,金属ナノ構造体とTHz波の相互作用を利用した電子の伝導性の制御,走査型トンネル顕微鏡(STM)と高強度THz波を組み合わせたTHz-STMによるトンネル電子の超高速制御とナノ空間イメージングに成功した。特に,THz-STMを利用すると,フェムト秒かつナノ〜原子スケールで固体試料表面や単分子の電子状態を追跡することができるため,世界中で研究が行なわれはじめている。
しかしながら,THz-STMの探針・試料からなるトンネル接合部とTHz波の相互作用は未解明であったため,トンネル電子を駆動するTHz波の近接場の形状は,別途,電気光学的な計測をして得られた波形を仮定しており,その仮定の妥当性は一切検証されてこなかった。また,探針・試料間に任意の近接場波形を創り出すことはできておらず,電子を超高速かつ微細空間で自在に操作する方法はこれまで構築されていない。
研究グループは,テラヘルツ走査型トンネル顕微鏡にテラヘルツ位相シフタを組み込むことにより,はじめてTHz近接場波形のその場観察を可能にし,探針・試料間のトンネル接合部に任意の単一サイクルテラヘルツ近接場を創り出すことに世界ではじめて成功した。更に,1nmのナノ空間かつフェムト秒(10-15s)の精度で,探針・試料間の電子を自在に操作できることを実証した。
この成果は,現代エレクトロニクスの限界を打破する超高速光ナノエレクトロニクス開発に新たな知見を提供するものだという。また,探針・試料間の100,000倍に達する電場
増強度を利用することにより,“強光子場物理”の学問分野に新しい扉を開くものだとしている。
今回開発した位相制御THz-STMは,通常のSTMと同様,伝導性を持つあらゆる物質に適用でき,超高真空中で動作させれば,原子スケールまで空間分解能をあげることができる。このため,例えば,超伝導体の超伝導ギャップや単分子の特定の電子軌道に選択的にアクセスし,それぞれのエネルギー状態に対する超高速の電子操作が可能となる。
また,電場増強された高強度のTHz近接場を積極的に利用すれば,様々な物質の相転移,スピンダイナミクス,化学反応を超高速かつ微細な空間で操作することが可能となるため,これまでの物質科学の研究手法を別次元のフェーズに持っていけるとしている。