東京工業大学と早稲田大学は共同で,結晶欠陥密度をシリコン(Si)ウエハーレベルまで低減した高品質単結晶Si薄膜を,これまでの10倍以上の成長速度で作製することに成功した(ニュースリリース)。
単結晶Si太陽電池は薄型化することにより原料コストの大幅な低減,フレキシブル化,軽量化による用途の拡大,設置コストの低減が期待できる。また,近年,化学的気相法(CVD)を用いたエピタキシー,電気化学的エッチングによる2層の多孔度の異なるナノ構造を有するポーラスシリコン(Double Porous Silicon layer: DPSL)を用いたリフトオフ(剥離)による単結晶Si薄膜太陽電池が注目されている。
リフトオフによる単結晶Si太陽電池の技術的課題は,「1. Siウエハーレベルの高品質なSi薄膜を形成すること」「2. 容易にリフトオフ可能なポーラス構造を持っていること」「3. 成長速度とSi原料収率を大幅に向上させること(成長速度によって必要な装置コストが決定)」「4. リフトオフ後の基板を無駄なく利用できること」など。特にウエハーレベルの品質の実現のためには,ポーラスシリコン上に成長する結晶薄膜の品質を支配する主要因を明らかにして,制御する技術を開発する必要があった。
東工大ではランプヒーターの高速走査により,アモルファスSiを短時間で溶融再結晶化し単結晶Siの生成にこれまでに成功した(zone melting crystallization,ZMC)。この結晶成長では,SiO2/Siの固液界面にて安定結晶面が存在しメルト/固化の過程の局所的な安定性によって(100)配向し,“高速,シード無しの処理”でも単結晶Si膜の形成が可能となった。
さらに,これらの技術をポーラスシリコン基板の処理に適用し,処理条件をよりマイルドにすることで表面のみの構造変化を可能とする,ゾーンヒーティング再結晶化法(ZHR法)を開発した。これによって,容易にリフトオフ可能な構造と成長に必要な構造変化の両立が可能となった。しかし,これらの構造変化と成長するSi薄膜の品質との関係は明かではなかった。
また,単結晶Si薄膜製造においてボトルネックとなるのが,成膜速度とSi薄膜へのSiの原料収率。エピタキシーで主に用いられる化学蒸着(CVD)では製膜速度は最大で毎時数µmであり収率は10%程度。早大では,原料Siを通電加熱で蒸発させる物理蒸着(PVD)において,原料温度をSiの融点(1,414 ℃)よりはるか高温(2,000 ℃)にすることで高いSi蒸気圧を得,毎分10µmでSiを堆積できる急速蒸着法(rapid vapor deposition,RVD)を開発した。
今回の成果は,ZHRの技術によって,リフトオフ法の技術課題である「1. Siウエハーレベルの高品質なSi薄膜を形成すること」「2. 容易にリフトオフ可能なポーラス構造を持っていること」が実現できた。さらに,RVD法によって成長速度とSi原料収率を大幅に向上させることが可能であり,リストオフ後の基板をRVDの蒸発源として利用すれば,リフトオフ後の基板を無駄なく利用できるようになった。
開発した単結晶Si薄膜作製技術は原料収率を100%近くまで向上できる。このため,現在,太陽電池の多数を占める単結晶シリコン太陽電池並みの発電効率を維持したまま,高速成長による製造装置コストおよび薄膜化・高原料収率による原料コストを大幅に低減できる技術として期待できる。
今回の成果によって,リフトオフ法に用いるポーラスシリコン上に高速成長させる際の結晶としての品質向上の主要因を明らかにするとともに,その制御に成功した。今後は,より太陽電池性能に直結する薄膜のキャリアライフタイムの測定および,実際に太陽電池を作製して,技術の実用化を目指す。また,30%超の効率を持つタンデム型太陽電池用の低コストボトムセルとしての利用も検討するとしている。