早稲田大学,東京女子医科大学,京都府立医科大学,量子科学技術研究開発機構,名古屋陽子線治療センター,名古屋大学は共同で,陽子線の照射によって体内の原子核で起こるミクロな物理現象を可視化する画期的な手法を確立した(ニュースリリース)。
医療の進歩によりガン(癌)の根治が期待できるようになった現代では,ただ治すだけでなく治療後には健康な生活を送ることが望まれている。放射線を用いたガン治療は体にメスを入れる必要がないため,患者の負担を低減することができる。特に,陽子線と呼ばれる放射線は止まる直前になるとエネルギーを一気に解放する性質を持つため,体の奥深くに位置するガンにもダメージを集中させることができる。
ガンに対して的確な照射を行なえたかどうか逐一確認することが理想的だが,陽子線がどのように体内を進み,どの組織にどれだけのダメージを与えたかを直接目で視ることはできない。そこで,陽子線が体内を進む過程で原子核に衝突した際に生成される「陽電子放出核種」と呼ばれる特殊な原子核の生成分布をPET装置で捉えることで,陽子線の進路を可視化することが考えられるが,これまで医療に求められる精度でPET計測をシミュレーションすることが困難だった。
陽子線と原子核の衝突は核反応であり,その反応頻度は核反応断面積と呼ばれる物理量で表される。核反応によって生成した陽電子放出核種は半減期に従って陽電子を放出する。放出された陽電子の中には物質中で光速を超えるものもあり,光速を超えた陽電子はチェレンコフ光を放出しながら進む。陽電子は最終的に2本の対消滅ガンマ線を180度反対の方向に放出する。
研究グループはこのチェレンコフ光に着目。チェレンコフ光は,紫外線から可視光領域にまたがる青白い微弱光。研究では,その生成頻度を簡単かつ正確に導出する画期的な手法を確立した。
PET装置は2本の対消滅ガンマ線を同時に計測することで陽電子放出核種の画像化を行なうが,研究では核反応の発生頻度をより詳細に調べるため,CCDカメラを用いることでPET画像の数十倍も高い空間分解能と感度を達成することができた。この手法により得られた結果は従来のデータベースを刷新する高い精度を誇り,この結果を用いることで初めて,PET計測を正確にシミュレーションできるようになった。
今回の研究成果は「放射線を視ながらガンを治す」次世代の陽子線治療を実現するうえで重要な役割を担うだけではなく,核物理学や量子力学,素粒子物理学といった基礎物理学の研究で標準的に用いられるデータベースの大幅な精度向上に貢献することが期待されるとしている。