東京工業大学は,太陽電池や光触媒などの様々な光利用技術で利用されずにエネルギー損失となっている光波長部分を利用可能な波長に変換するフォトン・アップコンバージョン(UC)技術の応用実現性を飛躍的に高める新しい材料プラットフォームを開発した(ニュースリリース)。
近年注目されている新しい液体「深共晶溶媒」を媒体に用いることで,応用に望ましい性質である「低コスト・低環境負荷・難揮発性・高熱安定性・高UC効率」を同時に実現することに成功した。
光を用いたエネルギーや物質の変換には,各材料に固有な「しきい値エネルギー」(あるいは「しきい値波長」)があり,それより低いエネルギーのフォトン(しきい値波長より長波長側の光スペクトル)は現状では利用できていない。UCとは現状未利用な「エネルギーの低い光子群(長波長の光)」を利用可能な「エネルギーのより高い光子群(短波長な光)」に変換する。
深共晶溶媒は低コスト・低毒性な2種類の物質を混合させるだけで生成でき,一般に高い熱安定性と生分解性をもつことから,環境負荷の低い流体として近年応用探索が活発化している。難揮発性と難燃性とを備え,安全かつ低コスト。深共晶溶媒を形成可能な原料の組み合わせは無数に存在しするため,用途や目的に応じて2種類の原料を適切に選択する必要がある。
今回,深共晶溶媒の探索と試行により,ある一群の「疎水性深共晶溶媒」がUCの目的に適することを見出し,これが成果につながった。さらに試料のUC効率が,用いた深共晶溶媒を構成する2つの成分比によることを見出し,様々な光計測実験結果に基づき,その理由を解明した。
最大の変換効率を示した試料はUC量子収率(最大が0.5の定義;UCでは2個の低エネルギー光子から最大1個の高エネルギー光子を生成するため)が0.21に達した。これは,最大効率を100%とした量子効率では42%にあたる,比較的高い値。
研究で用いたUCは有機分子の励起三重項状態とそれらの分子間のエネルギー移動を用いる方式であり,これは太陽光やランプ光などの非コヒーレント光に対して有意な効率でUCが行なえる現状では唯一の方式であるため,近年研究が活発化している。
この方法は近距離での分子間エネルギー移動を用いるため,有意なUC効率を追求する場合,媒体中での有機分子間の適切な衝突が必要となる。そのため従来は低粘度液体であるトルエンやベンゼンなどの有機溶媒を媒体に用いる報告が大半であった。あるいは揮発性の回避のために,ポリウレタンやアクリルなどの樹脂に有機分子を埋め込んだ報告もあったが,それらの試料では一般に有機分子の拡散性が著しく低下し,UC効率が犠牲となっていた。
また,これらの試料では可燃性と着火性が高いことが問題となっていた。他方,可燃性と揮発性の問題を解決した試料として,イオン液体(常温溶融塩)を用いたアップコンバージョン試料を同研究グループが以前開発していたが,原料と合成のコストが比較的高く,一般に生分解性が低いという問題があった。
今回の研究で得られたUC量子収率0.21(UC量子効率42%)は高い値と言えるが,理論上限である0.5(100%)までには依然余地がある。ある程度の効率向上は,例えばより励起三重項状態寿命が長い分子を用いることにより実現が見込まれるという。
また,今回の成果は緑色光(530nm付近)から青色光(440nm付近)へのUCについてのものだが,異なる波長域に対応する有機分子についても特性の検証が必要。この成果はUCの実施に適する材料面での共通プラットフォームを開発したものであり,今後のUCの応用実現を大きく推進するとしている。