東京大学の研究グループは,理化学研究所との共同研究により,磁石の中に生じた集団スピン運動の量子である「マグノン」の数を1つずつ計測することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
近年量子技術が飛躍的に向上し,物質の量子的振る舞いを観測する手段が確立され始めている。また,2つの異なる物理系を量子力学的な状態を保ったまま結合させることにより,技術的な問題などで制御・観測することができなかった物理系を操る方法が広く検討されている。この方法はハイブリッド量子技術と呼ばれている。
研究グループは,強磁性絶縁体であるイットリウム鉄ガーネット(YIG)単結晶の球状磁石を用いた。直径0.5mmの球状試料の中には,1018個程度の微小な磁気的性質を持つ電子に由来するスピンが存在し,それらが同じ方向を指して整列している。
スピン集団における低エネルギーの励起はスピン波と呼ばれており,個々のスピンの歳差運動がスピン集団全体にわたって波のように伝搬する。量子力学的な観点からみると,粒子と波の二重性により,スピン波の励起はマグノンと呼ばれる量子の生成として捉えられる。
しかし,これまでに強磁性体中のマグノンを,直接数える手段は存在しなかった。そこで研究グループは,超伝導量子ビット素子を通じて強磁性体中のマグノンの情報を取り出せるように,マイクロ波空洞共振器を介してYIG球状試料と超伝導量子ビット素子を結合するハイブリッド量子系を構築した。
そして,ハイブリッド量子系の間にはたらく相互作用を制御し,超伝導量子ビット素子の励起エネルギーがマグノンの個数に応じた離散的な値をとる状況を構成した。この励起エネルギーの違いを観測することでマグノンの計数が可能となる。
研究グループは,希釈冷凍機を用いた10ミリケルビン(mK)という環境下において観測を行なった。この温度域ではマグノンの励起個数が0個という,集団スピン運動の基底状態を実現することができる。
その後マイクロ波を印加し,集団スピン運動を励起した状況下においてマグノンの個数分布を観測した。マイクロ波電力を増加すると,マグノンの個数分布が0個から徐々に増えていくことが観測され,定量的にも理論的な予想と一致した。
この研究成果は,超伝導量子ビット素子が,組み合わせ最適化問題の専用計算機である量子アニーリング機械や,幅広い計算問題を効率的に解くことのできる万能量子コンピュータに用いられるだけでなく,ハイブリッド量子技術を適用することにより,物質中の多数の原子が複雑に相互作用することにより生じた巨視的な自由度を持つ物理系の量子力学的な振る舞いに対する新しい検出器となりうることを示すもの。
今後,超伝導量子ビット素子と様々な物理系のハイブリッド量子系が確立され,超高感度のセンサー技術の開発や量子制御技術を組み合わせた量子情報処理技術のさらなる進展が見込まれるとしている。