東京工業大学と日本電信電話(NTT)らの共同研究グループは,電子集団の電荷とスピン,両方の時間応答信号を計測できるスピン分解オシロスコープを実現した(ニュースリリース)。この手法により,朝永―ラッティンジャー液体におけるスピン電荷分離現象の直接観察に世界で初めて成功した。
次世代のエレクトロニクスとして注目を集めるプラズモニクスは,電子集団の電荷密度の濃淡を信号(電荷信号)として用い,スピントロニクスはスピン密度の濃淡を信号(スピン信号)として用いる。
電荷とスピンはどちらも電子本来の基本的性質だが,両分野の特徴を融合した高速・低消費電力素子の開発はこれまで積極的に行なわれてこなかった。その大きな理由は,通常の測定では電荷信号とスピン信号の両方の時間波形を計測することが困難だったため。
今回実現した,素子中の電荷信号とスピン信号,両方の波形を計測可能な「スピン分解オシロスコープ」は,スピンの向きによって電子を分別するスピンフィルターと,電荷信号を検出するためのナノメートルサイズの時間分解電荷計を組み合わせて達成した。
このスピン分解オシロスコープを用いて,1次元電子系におけるスピン電荷分離現象の直接観測に世界で初めて成功した。実験は半導体素子中の量子ホールエッジチャネルを用いて行なわれた。電荷信号とスピン信号が異なる速度で伝搬する様子を,2つの波束状の信号を異なる時間に検出することで明らかにした。
今回用いた半導体素子では,同様の試料中における単独の電子の速度に対し,電荷信号の速度は30倍程度,スピン信号の速度は3倍程度であることが確かめられた。このスピン電荷分離は1次元電子系の物理(朝永―ラッティンジャー液体)を象徴する現象であり,この研究によって世界で初めて分離された電荷・スピン波束の波形測定が達成された。
この結果は物性物理学における重要な学術的成果であるとともに,スピン信号の生成・検出の新手法としてスピントロニクスへの応用が可能だとする。さらには高速の電荷信号と,低消費電力動作に役立つスピン信号,双方の取り扱いが可能な新素子創出に役立つという。
この計測技術を今後,さまざまな材料・素子に対して適用することにより,高速・低消費電力の次世代エレクトロニクス素子の開発に繋がる。プラズモニクスとスピントロニクスの利点を融合させた「スピンプラズモニクス」と呼ぶべき新しい技術の創出に道を拓くことになるとしている。