東京大学は,液晶ディスプレーにおいて液晶分子を配向させるのに広く用いられてきたラビングという表面処理により,亜リン酸トリフェニルの液体・液体転移の転移速度が大幅に加速される現象を発見した(ニュースリリース)。
液体・液体転移は液体の温度を変化させることで簡単に誘起することができる。これは,高温においては液体1が液体2より安定であるが,低温においてはこの関係が逆転し,液体2の方がより安定になるため。
この際,液体1が液体2に変化する仕方には,転移に際しエネルギーの障壁を超える必要がある核形成・成長型と,より低温で見られ,エネルギーの障壁なく連続的に転移可能なスピノーダル分解型があると考えられる。
後者においては,液体・液体転移は温度変化後すぐ開始するが,前者においては,障壁を超えるのに長時間を要するため,転移はすぐには開始されず,長い待ち時間ののちに開始されることになる。この二つの転移様式が変化する境目の温度,すなわち待ち時間が消失する温度は,スピノーダル温度と呼ばれる。
今回研究グループは,液体・液体転移を示す有機液体である亜リン酸トリフェニルを,ラビングにより表面処理されたセルに封入すると,核形成・成長型の液体・液体転移においても待ち時間が消失し,その結果,転移のスピードが大幅に加速されることを発見した。
また,その原因が,ラビング処理で表面に形成されたnmオーダーの凸凹により,表面とより相性のいい液体2がスピノーダル温度以上においても障壁なく形成されるようになるためであることを明らかにした。さらに,ラビングはもともと障壁なく転移が進行するスピノーダル分解型の液体・液体転移には全く何の影響も与えないことも明らかになった。
このことは,液体・液体転移に,実際に核形成・成長型とスピノーダル分解型の二つの転移様式が存在し,相互の転換はスピノーダル温度において徐々にではなく比較的急激に起きていることを直接支持する実験的証拠だという。加えて,液体・液体転移が,一次の熱力学相転移であることを裏付けるとしている。
この成果は,分子性液体における液体・液体転移における二つの転移様式の存在を確立したという基礎的観点だけでなく,将来マイクロフルイディクスなどの分野で,液体・液体転移により液体の性質を制御する際,表面処理により転移速度を制御可能であることを示した点で,応用面での意義も大きい。
液体・液体転移により,液体の密度・屈折率、表面濡れ性,粘性,化学的性質などが大きく変化することが知られており,将来,液体・液体転移により液体のさまざまな物性を制御できる可能性を持つとしている。