物質・材料研究機構(NIMS),広島大学,高輝度光科学研究センター,日本大学らの共同研究グループは,合成が困難であったコバルト酸フッ化物を材料設計および高圧合成法によって作製することにより,圧力でコバルトの高スピン状態が低スピン状態へ転移するスピンクロスオーバー現象を観測した。
さらに,この現象が結合の強い固体でありながら,コバルトイオンとフッ素イオンの間に新しい結合の形成を伴う新規な機構で発現することを明らかにした。有機分子を含まない固体ではスピンクロスオーバー現象の観測は例が少なく,この成果は,安定性と耐久性に優れた固体のスピンクロスオーバーの設計指針を与え,圧力センサーやメモリーの実用材料としての活用が期待されるもの。
スピンクロスオーバー (もしくはスピン転移) は金属イオンの低スピン状態と高スピン状態が入れ替わる現象で,熱,光,圧力などの外部刺激によって引き起こされり。近年,この特異な現象を利用して,高スピン状態と低スピン状態を1ビットと見立てた不揮発性メモリーの媒体としての応用が期待され,活発に研究されている。
このスピンクロスオーバー現象を誘起するためには,低スピン状態と高スピン状態のエネルギーを近接させる必要があり,金属イオンの電子状態に直に影響を与える配位子の選択が重要になる。これまで報告されているスピンクロスオーバー物質の大半は,配位子の選択肢が多く,異なるスピン状態のエネルギー差を容易に制御できる有機金属錯体系物質だった。
一方,酸化物のような固体では異種の陰イオン (アニオン) との結合を好まないために配位環境の設計は制約され,スピンクロスオーバー現象を起こすのは難しいと考えられていた。
研究グループは過去に,複合アニオン物質の合成に有効な高温高圧法を用いて,層状構造をもつコバルト酸フッ化物 (Sr2CoO3F) の合成に成功し,Coイオンは5つの酸素に囲まれたCoO5正方ピラミッド配位を構成し高スピン状態をとることを明らかにしている。
そこで今回,この物質の結晶構造と電子状態の圧力応答を調べることにした。まず,高エネルギー加速器研究機構 (KEK) ・フォトンファクトリーのBL-18Cに設置された高圧X線回折装置で結晶構造を調べたところ,常圧下では遠く離れていたCoとFの原子間距離が,加圧するにつれて異常に大きな圧縮率で近接し始めた。
これはより強固な共有結合の形成を示唆しており,CoO5F八面体への配位多面体の変換を固体で初めて見出した。さらに,SPring-8のBL39XUでX線発光分光法による測定を行ない,Coのスピン状態を観察したところ,CoとF原子の共有結合化に対応して高スピン状態から低スピン状態へ徐々に転移する結果を得た。
これらの結果は,酸化物の複合アニオン化によってスピンクロスオーバー現象を初めて観測したということだけでなく,堅牢な構造からなる酸化物系物質においても配位子の設計次第で,組成と基本構造を変えることなく新しい結合を作りだせることを示すという。今後は,超伝導や強磁性転移等の他の電子磁気物性の発現にも応用できるか検討を行ない,機能性デバイスの材料としての可能性を追求する。