仁科記念財団は2016年度の仁科記念賞を,京都大学基礎物理学研究所教授の高柳匡氏が受賞したと発表した(ニュースリリース)。
この賞は,故仁科芳雄博士の功績を記念し,原子物理学とその応用に関し,優れた研究業績をあげた比較的若い研究者を表彰することを目的とするもの。直接原子物理学に係わるものに限らず,理学,工学,医学等あらゆる分野において原子物理学に深い関連のある研究をが対象となる。
重力を含む素粒子の統一理論の構成を目指す超弦理論の主要な研究対象のひとつに「ホログラフィ原理」がある。量子重力理論の基本的自由度は,対象とする領域全体に広がっているのではなく,領域の境界面に局在しているというこの原理は,1997年のJ.Maldacena氏によるAdS/CFT対応の発見によって,超弦理論の中で理論的に実現していることが示された。
高柳氏が笠真生氏と2006年に発表した「エンタングルメント・エントロピーのホログラフィック公式」は,AdS/CFT対応の展開において最も画期的かつ重要な発見のひとつ。
エンタングルメント(量子もつれ)は,量子力学の基礎や量子情報理論,また最近は物性物理学でも重要な役割をしている概念であり,エンタングルメント・エントロピーはその大きさを測る指標。両氏が提案した公式は,ホログラフィ原理に基づいて,エンタングルメントを重力理論の幾何学的性質に結び付けるものであり,「笠-高柳公式」という名で知られている。
この公式は,A.Lewkowycz氏とJ.Maldacena氏によって理解が深められ,理論物理学における重要な公式として確立している。高柳氏は,過去10年間にわたって,この笠-高柳公式を発展させ,ホログラフィ原理の仕組みの解明とその応用に主導的な貢献をしてきた。
笠‐高柳公式に基づいて計算されたエントロピーが,劣強加法性と呼ばれる不等式を満たしていることを示した高柳氏とM.Headrick氏の論文は,この公式の正しさを示す重要な証拠を提供するとともに,重力理論における状態がエンタングルメントに関して特別な性質を持つことを明らかにする契機を作った。
また,笠-高柳公式を時間に依存した状態に拡張した高柳氏とV.Hubeny氏,M.Rangamani氏の論文も高く評価されている。ホログラフィ原理に関する高柳氏の一連の研究は,量子重力理論や超弦理論の基礎となる重要な成果だとしている。