理化学研究所(理研)の共同研究グループは,標的物質に化学的活性を与える能力の高い低速多価イオンビームを,生物実験などで用いられるガラス製注射針(ガラスキャピラリー)に通し,750nmの太さのビームとして安定に供給する技術を確立した(ニュースリリース)。
多価イオンとは,極端に電子が少なくプラスの電気を帯びた原子のこと。多価イオンの速度を,標的物質表面ですぐに静止するような速度にまで抑えたものを低速多価イオンビームと呼ぶ。低速多価イオンビームは反応性が高い一方,生体分子などに照射すると相手を粉々に破壊することなく,ソフトに分子を切ったり電離させたりすることが知られている。
この特長により,真空中に置かれた細胞サンプル表面のタンパク質を破壊することなく,その分布などを調べることができる。しかし,そのためには低速多価イオンビームの太さを髪の毛の直径の100分の1程度の1μm以下に絞って微小領域にのみ選択的かつ安定に照射する必要がある。
そのため,ガラスキャピラリーを用いて先端の穴の直径を数百nmに設定して照射する技術開発が進められてきた。しかし,ガラスキャピラリーを通過するビームが不安定で,必要なときに必要な量のビームを供給できないという問題があった。その原因は,低速多価イオンビームがガラスキャピラリーの内壁に衝突して過剰に静電気がたまり,その過剰な静電気が障害になっていることにある。
そこで共同研究グループは,電荷の流れを解明して過剰な静電気を効果的かつ適量だけ放電させる手法を開発した。また,最適な放電の時間間隔を見出した。過剰な静電気は厄介だが,静電気を適量かつ適切に残すことで,イオンが内壁に近づき過ぎて制御不能になることを防ぎ,安定なビーム供給を実現した。
今後,この技術による安定かつ極細な低速多価イオンビームの照射で,真空中に置かれた細胞サンプル表面の分子分布を前処理することなく調べる研究や,物質表面に原子サイズの凹凸で幾何学パターンを構築した機能性材料の開発への応用が期待できるとしている。
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