東北大,磁性半導体が強磁性を示すメカニズムを解明

東北大学の研究グループは,磁性半導体(Ga,Mn)Asの強磁性発現機構の解明に成功した(ニュースリリース)。

スピントロニクスでは,素子単位での磁性体の電気的な制御が重要となる。素子を構成する半導体自体は電子スピンを持つが,スピンの間に協調的に働く相互作用がないために,通常の半導体は磁化が発生せず,磁石にならない。その常識を覆した物質として,20年前に磁性半導体(Ga,Mn)Asが報告されている。

この物質は,代表的な半導体であるGaAsにおいて,Ga原子の位置に磁性不純物であるMn(マンガン)を高濃度で注入することで得られる。(Ga,Mn)Asの 最大の特徴は,Mn注入によって結晶内にホールキャリアも発生し,このキャリア濃度を高めるとMnの電子スピンが自発的に揃う点にある。

結晶の母体がGaAs半導体であるため,(Ga,Mn)Asは既存の素子と親和性が高く,電子の流れを制御するエレクトロニクスと,磁性の元となる電子スピンを 高度に融合した現象が次々と発見されており,スピントロニクスにおいて重要な高機能モデル物質と考えられている。ところが,この物質の「なぜ半導体が強磁性を示すのか」という基本的な物理については,全く異なる二つの見解があり,大きな論争となってきた。

その一つは「p-dツェナーモデル」と呼ばれるもので,As結合軌道に注入されたホールが,Mnの電子スピンの間に強磁性相互作用を誘発するというもの。もう一つのモデルは「不純物モデル」と呼ばれ,Mnの周りに分布したホールが,隣り合う不純物Mnの強磁性を媒介すると考える。

どちらのモデルも,ホールキャリアの媒介でMnの電子スピンの自発的な整列が促されるという点は共通だが,ホールの性質が異なるため,強磁性のタイプが全く異なる。このような二つの相容れないモデルの対立は,素子の根本的な動作原理を不確かにし,(Ga,Mn)Asをベー スにしたスピントロニクスの発展を妨げるもので,その問題の解決が強く望まれていた。

今回,研究グループは,光電子分光とを用いて,(Ga,Mn)Asの電子状態を高精度で決定することで,ホールキャリアがAs結合軌道とMn不純物軌道のどちらにあるのかを調べた。この実験では,(Ga,Mn)As試料の汚染を避けるため,薄膜試料を作製する分子線エピタキシー装置から試料を一度も大気に出さずに常に超高真空環境で高分解能光電子分光装置に移送することで,(Ga,Mn)As本来の電子状態の観測に初めて成功した。

実験の結果,ホールキャリアの存在を示すフェルミ準位の位置が,As結合軌道内にあることが明らかになった。その一方で,今回の実験結果は,As結合軌道が不純物帯の下に位置する不純物モデルでは説明できないことがわかった。今回の研究によって,(Ga,Mn)Asの電子状態が明らかになり,その強磁性発現機構が確立したとしている。

今回の研究は,(Ga,Mn)Asの強磁性の仕組みを実験的に解明したもの。これを契機にして,(Ga,Mn)Asを用いて実証されてきた数多くのスピン現象やデバイス機能について,物性物理学に立脚した理解が急速に進展するものだという。また今回の成果は,さらに高機能な磁性半導体材料の設計指針を与えるとともに,新たなスピントロニクス素子の開発を加速させるものだとしている。

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