慶大ら,SHG専用色素の開発と応用に成功

慶應義塾大学と筑波大学は,世界に先駆けて,脳細胞などの形や細胞膜の現象を観測するのに有効な「光第二高調波発生(Second Harmonic Generation:SHG)専用色素」の開発と応用に成功した(ニュースリリース)。

SHG顕微鏡は分子群の構造を可視化することができる特殊な2光子顕微鏡技術を用いており,医学分野へも展開されている。また,これまで計測できなかった部位における神経細胞の膜電位の計測や分子構造変化の計測などが報告されており,ライフサイエンスへの更なる応用が期待されている。

しかし,適した色素が無いことから,色素を用いたSHG顕微鏡のライフサイエンスへの応用は非常に限られてきた。これまでSHG顕微鏡に用いられてきた色素は蛍光観測用に開発されたもので,SHGとは無関係の蛍光シグナルが強く出る他,光吸収に伴う色素の分解や構造変化によるシグナル低下(光褪色)や細胞毒性など,多くの問題があり,SHGのみに特化した色素とそれを利用したSHG顕微鏡技術の発展が長く望まれてきた。

今回の研究では,無蛍光SHG性を持つ色素の開発と応用を試みた。このため,光を吸収しても無輻射失活により速やかに元の状態に戻ることが知られているアゾベンゼン化合物に着目し,これまでSHG顕微鏡に用いられてきた色素FM4-64の構造を改変することで,Ap3という色素を合成した。

Ap3を培養液に加えることで培養細胞を染色し近赤外レーザーを照射したところ,SHGシグナルと共に非常に強い蛍光を発するFM4-64とは対照的に,Ap3 はSHGシグナルを発するものの蛍光は全く発さないことが示され,Ap3が無蛍光SHG性を有する初めての色素であることが明らかとなった。

更に,マウスの脳組織内の神経細胞に色素を導入して顕微鏡観測したところ,Ap3が無蛍光SHG性を有するのみならず,光照射に対して非常に安定であること,そして光照射に応じた細胞毒性がFM4-64に比べて軽減されていることが明らかとなり,これまで知られていなかったSHG専用色素の優れた特性が明らかとなった。

また,Ap3によるSHGシグナルは膜電位の変化に応答することが分かり,膜電位の計測にも応用可能であることがわかった。 更に,培養細胞や神経細胞において細胞内の構造や細胞内カルシウム濃度を可視化する,これまでに開発されてきた市販の蛍光色素とSHG色素を同時に導入し,異なる光学現象に 基づいた複数の生命現象の同時観測を試みた。

FM4-64では,強い蛍光のために他の蛍光色素との同時可視化ができなかったのに対し,無蛍光性のAp3は他の蛍光色素からの情報を妨げること無く,SHGにより膜の現象を可視化することができることが明らかになった。

これらの結果から,Ap3を用いたSHG顕微鏡観測により、細胞膜とその付近で起こるカルシウム情報伝達などの複雑な生命現象の解明のための研究が大きく進展することが期待される。また,世界初となる無蛍光SHG色素が多くの優れた特性を持つことから,これまで蛍光性の改善に目が向けられてきた色素開発の分野に新たな領域が期待できるとしている。

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