NTTら,大規模な人工スピン群を生成

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として,日本電信電話(NTT)は,大阪大学と共同で,組合せ最適化問題の解を高速に探索する「コヒーレントイジングマシン」実現の基盤技術である,光による大規模な人工スピン群の生成に成功した(ニュースリリース)。

インターネットや交通網,ソーシャルネットワークなど,社会を構成する様々なシステムが大規模化,複雑化する現在,それらのシステムをいかに効率よく運用するかは重要な課題となっており,これらの課題の多くは,組合せ最適化問題と呼ばれる数学的問題に帰着する。

組合せ最適化問題とは,数多くの選択肢の組合せの中から最も良いものを見つけ出す問題で,選択肢が多くなると計算時間が爆発的に増大するため,現代のコンピュータでは解くことが大変困難であることが知られている。

一方,組合せ最適化問題の多くは相互作用するスピン群のモデルである「イジングモデル」のエネルギー最小状態(基底状態)を求める問題に帰着可能。最近,人工的に作製したスピンを用いてイジングモデルを模擬し,そのエネルギー最小状態を求めることで複雑な組合せ最適化問題を高速に解く試みが多くの研究機関で盛んになってきた。

中でも,コヒーレントイジングマシン(coherent Ising machine)は,光を用いて実現した人工スピン群により高速にイジングモデルを解く可能性がある計算機として現在注目を集めている。この方式では,光パラメトリック発振器(optical parametric oscillator:OPO)をスピンとして用いる。

OPOは,0またはπの位相しかとらない特殊なレーザー発振器で,位相0,πをそれぞれ上向き,下向きのスピンに対応させることができる。各OPOから出力される光を,光伝送路を介して互いに注入することで,スピン間の相互作用を実現する。

光伝送路によりネットワーク化されたOPO群は,多くの場合ネットワーク全体の損失が最小となる位相の組合せで発振するため,イジングモデルの基底状態を与えるスピンの組合せを高い確率で得ることができる。

2014年にスタンフォード大学のグループが4つのOPOを人工スピンとして用いてコヒーレントイジングマシンの原理確認実験に成功している。しかし,現実社会で課題となっている複雑な組合せ最適化問題に適用するためには,スピン数を飛躍的に増大する必要があった。

今回,長さ1kmの長距離光ファイバー共振器を用いて,時間多重された10,000個を超えるOPOを一括発生することに成功した。光ファイバー通信の研究開発で培った技術を用いることで,現実社会で課題となっている複雑な問題を解くことが可能な大規模コヒーレントイジングマシンを実現するための多数の人工スピンの生成が可能となった。

また,隣接するOPO間に光結合を導入することで,最もシンプルなネットワークである1次元のイジングモデルを模擬する実験を行なった。この実験により,室温で動作するOPO群が,低温下のスピンの振る舞いをよく模擬する,高品質な人工スピンとして動作することを確認した。

今回の実験では隣接OPO間の結合のみを用いたため,模擬したネットワーク構造は1次元にとどまっていた。今後は任意のOPO間に結合を実装することで,より複雑なスピンネットワークを実現し,大規模な組合せ最適化問題の解探索が可能なコヒーレントイジングマシンの実現を目指すとしている。

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