東北大,新構造の磁気メモリー素子を開発

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の研究開発プログラム,および文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」の一環として,東北大学は,超高速動作が可能な新方式の磁気メモリー素子を開発し,その動作実証に成功した(ニュースリリース)。

現在我々が使用している半導体メモリーは微細化に伴う消費電力の増大が顕在化しており,磁性体を用いたメモリ(Magnetic Random Access Memory:MRAM)がその代替技術として注目されている。MRAMは微細化特性に優れるうえ,記憶情報の保持で電力を消費しない不揮発性を有し,かつ現行のSRAMやDRAMと同様な高速性や無限回の書き換え耐性を備える。

MRAMは当初,電流が作る磁場によって磁性素子の磁化方向を反転して情報を書き込んでいたが,最近では情報の書き込み方法の研究対象も多岐に渡っている。2011年に基板面内方向に導入される電流が誘起する基板垂直方向の磁気の流れ(スピン流)を用いた磁化反転が実験で示された。この方法はスピン・軌道相互作用が介在していることから,スピン軌道トルク磁化反転と呼ばれている。

スピン軌道トルク磁化反転にはこれまで2つの方式があることが知られている。1つ目の構造は,原理的にはナノ秒付近の高速領域でも低速領域と同程度の電流での磁化反転(書き込み)が可能であるものの,磁化反転に要する電流の絶対値が大きいという課題があった。

一方で2つ目の構造は低速領域では小さな電流で磁化を反転させられるものの,高速領域では磁化反転に要する電流が著しく増大することが分かっていたほか,セル面積の低減が難しいという課題もあった。

今回研究グループは,これまでに知られていた2つの方式とは異なるスピン軌道トルク磁化反転の第三の方式を考案し,その動作実証に成功した。またこの新構造が既存の2構造の有する課題を解決できる応用上有用なものであることを明らかにした。

研究では理論計算をもとに材料・素子構造を設計し,続いて微細加工技術を用いてSi基板上にナノメートルスケールの素子を作製し,その特性を室温で電気的に評価した。電流を導入する重金属チャネル層にはタンタル(Ta)を用い,また磁化が反転する強磁性層にはコバルト鉄ボロン(CoFeB)合金を用いた。

作製した素子は磁化反転が観測された。磁化反転に要した電流密度は1011A/㎡台の前半であり,この値は実用上十分に小さい。また理論計算から,今回の新構造素子は従来のMRAM素子よりも10倍程度高速な1ナノ秒レベルでの磁化反転を低電流で実現できることも示された。

さらに,研究ではこれまで知られていた2つの方式の素子も作製・評価し,新構造素子の特性と詳細に比較した。その結果,スピン軌道トルク磁化反転を誘起するのに必要な電流密度の閾値を決める因子についても,これまで知られていなかった知見を得ることができた。

この研究成果は,MRAMのGHzクラスの超高速動作に向けた道が開けたということ。今後の技術開発によって応用上の指標を十分に達成でき,低消費電力かつ高性能なメモリや集積回路の実現に向けた道が開けていくものとしている。一方基礎的な意味では,スピン軌道トルク磁化反転に新しい方式が加わったことで,磁化反転の物理をより詳細に調べられるようになった。

今後この新構造の技術開発が進むことによって,高性能性と低消費電力性を併せ持つ集積回路,およびそれを用いた利便性の高いIoT社会の実現が期待される。また,X-Y-Z直交座標系において考えられる全てのスピン軌道トルク磁化反転方式が出揃ったことになる。今後は3方式の磁化反転を精密に比較することによって,スピン軌道トルク磁化反転の物理や材料科学,およびその根底にあるスピン・軌道相互作用に関する理解が一層促進されることが期待されるとしている。

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