東大ら,異なる原子の光格子時計を短時間で比較

JST戦略的創造研究推進事業において,東京大学,理化学研究所らの研究グループは,異なる原子を用いた光格子時計を世界最高精度かつ短い計測時間で比較することに成功した(ニュースリリース)。

光時計は,セシウム原子時計の性能を100倍以上も凌駕する10-18の不確かさに近づきつつある。この結果,「秒」の再定義に向けた議論が始まっている。しかし,1秒を光時計で再定義する前に,まずは光時計の「再現性」が担保される必要がある。

現在,光時計の実現には「単一イオン時計」と「光格子時計」がある。これまで単一イオン時計が5.2X10-17という最高精度を記録していた。一方,光格子時計では,これまでに2台の同種原子を用いた光格子時計の比較で2X10-18の精度での一致が確認されているが,異なる原子を用いた光格子時計の周波数比の測定では,単一イオン時計で実現された精度に到達していなかった。

台の完全に同一な時計の比較による周波数差の測定は,あらかじめ答えが分かっている測定であり,その差はゼロになるはず。一方で,異なる時計の比較は,一般に周波数の比で表され,その比は非自明な物理量を与える。周波数比は,「秒」の定義の精度に依存せず,比較する時計の精度で決定されるもので,世界中の研究室で共有や比較ができる。

研究では,異なる原子を用いた時計の周波数比を測定した。測定のために新たなレーザーシステムを構築し,光格子時計でイッテルビウム原子を捕捉し,原子の振り子の振動数を測れるようにした。なお,イッテルビウム光格子時計で周波数シフトを精密に評価することで,2009年に米国の標準研究所で実現されていたイッテルビウム光格子時計よりもさらに10倍の高精度化に成功した。

イッテルビウム原子とストロンチウム原子の周波数を比較したところ,不確かさは4.6X10-17となった。現在,最も正確なセシウム原子時計でも10-16の不確かさでしか周波数を決定できないので,国際単位系による絶対周波数測定の限界を超えた高精度な比較を実現できたことになる。

これまでの最高精度であった単一イオン時計の周波数比測定の不確かさ5.2X10-17と比較しても,それを上回る世界最高精度を達成したことになる。

原子時計の精度を上げるためには,ノイズを平均化するための多数回の測定が必要となる。しかし,光格子時計は多数の原子を捕獲することによって,この多数回の測定を一度に並行して行なうことができる。このため,短い時間で高精度な時間を計測できるようになる。

また,ノイズを生じる他の要因として,原子を励起するレーザー光の周波数揺らぎがある。この影響を取り除くために,「同期比較」という手法を用いた。その結果,今回の異原子光格子時計比較では,同期比較によって4倍の高速化を実現することができた。

また,単一の水銀イオン時計とアルミニウムイオン時計の周波数比の測定との比較では,90倍の高速化が実現され,イッテルビウム光格子時計とストロンチウム光格子時計の周波数比の測定は,わずか150秒で5X10-17の不確かさに到達した。

イッテルビウム光格子時計とストロンチウム光格子時計の周波数シフトの評価を改善することによって,将来的には,単一イオン時計では数カ月かかる1X10-18の精度を,光格子時計では2日以内の計測時間で実現できるようになるという。このような時計比較は,次世代の時計としての信頼性を担保し,新しい「秒」の定義へ移行するための推進力となることが期待される。

超精密な時計比較は,既存の手法では観測できない物理現象の探索を可能にする。例えば,宇宙の質量の大半を占めながら観測されていないダークマター(暗黒物質)は基礎物理定数を変化させる可能性が指摘されているが,これらは異種原子時計の周波数比の変化として検証できる。光格子時計の比較は,新しい物理を切り拓く高感度な探索装置としても機能するとしている。

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