高エネルギー加速器研究機構(KEK)と北海道大学,日本原子力研究開発機構(原研)およびKEK放射光施設共同利用研究は,結晶最表面の原子配置を精度よく決定できる全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法を用いて,光触媒としてよく知られているルチル型酸化チタンの,30年にわたり構造(原子配置)が未解明であった(110)-(1×2)超周期構造表面を決定した(ニュースリリース)。
TiO2は,チタニアまたは(二)酸化チタンとも呼ばれ,担持金属触媒や,汚染除去,殺菌、太陽電池などの触媒として実用化されている。また,触媒やセンサー材料として重要な金属酸化物の触媒反応過程を調べるための標準物質としても利用されている。このような固体触媒の反応性や反応機構の解明には,触媒機能が発現する最表面の構造,すなわち原子配置の知識が重要になる。
今回対象としたのは,電気伝導性を有し最安定面であるルチル型TiO2(110)-(1×1)表面を超高真空下で900℃程度の高温で処理し,(1×2)超周期をもつ構造に変化させたもの。この超周期構造表面は複雑で大きな起伏をもっており,最近では,その起伏を活かして,触媒活性をもつナノ粒子の担体として利用する研究が進められている。その一方で,起伏に富んだ複雑さから詳細な原子配置を決めることは難しく,正しい構造モデルの決着がついていなかった。
そこで研究は,「全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法」を用いてこの表面の構造を決定し,論争に決着をつけることを目指した。TRHEPDは,陽電子回折を用いた表面構造解析法の一種で,陽電子の電荷が正であるために,表面で全反射され,高感度で物質の最表面を調べることができる。
実験は,現在,世界唯一のTRHEPD装置が稼働中のKEKで行なった。これまでに発表されていた様々な構造モデルと比較し原子位置を微調整してロッキング曲線の再現計算を行なうことで,実験結果を正しく説明できるモデルを探索した。
その結果、大西洋・岩澤康裕(1994)によって提案されていたTi2O3モデルにおける最表面のTi-O四面体結合を2個対称に配置する制約を解除して最適化した非対称な構造が,実験結果を最も良く再現できた。対称性を保存した最適構造も実験結果をかなり良く説明したが,その安定化エネルギーと非対称性を許容した最適構造の安定化エネルギーを比較すると,明らかに後者が安定していた。この結論は,最近Q. Wangら(2014)が原子配置と原子組成を共に変化させて理論的に最適化したモデルと基本的に一致している。
以上のことから,ルチル型TiO2(110)-(1×2)構造は,非対称Ti2O3モデルであると結論付けた。
今回,ルチル型TiO2(110)-(1×2)構造の表面の詳細な原子配置が解明されたことにより,応用上重要な光触媒特性や活性ナノ粒子-担体相互作用などの機能発現に対する深い理解に貢献するものと期待されるとしている。
TRHEPDは表面に超敏感な陽電子による回折法。最表面および表面下に隠れて見えない原子の種類と位置の詳細は,陽電子回折を用いれば明らかにすることができる。今後,触媒物質のみならず,最表面および表面直下の原子の種類と配置が重要な物質の詳細な構造を決定する有力な手段として,多方面への応用が期待されるとしている。
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