京都大学,高輝度光科学研究センター,日本原子力研究開発機構らの研究グループは,室温で強磁性を示す磁性元素として地球上で2番目に多いニッケル(Ni)について,「放射光メスバウアー吸収分光法」と呼ばれる先端的計測手法を大幅に高度化することで,通常のニッケル金属とは異なる結晶構造をもつニッケルナノ粒子の磁性の測定に成功した(ニュースリリース)。
ニッケル元素がどのような役割を果たすのかを調べる有力な手法として,γ線を物質に照射して,その核共鳴吸収スペクトルを測定する「メスバウアー分光法」が知られており,ニッケルを含んだ機能材料の研究にも適用されてきた。しかし,この方法はγ線源に用いる放射性同位体を原子核反応で作りださねばならず,多大な労力と費用がかかっていた。
また,放射性同位体からのγ線は白熱電球の光のように周囲に満遍なく放射される性質があるため,試料が少量の場合,γ線を照射できる面積が少なくなってしまい,測定が困難な状況にあった。
また,微量な試料の材料特性を調べられる手法としても,レーザーのように微量試料をピンポイントで測定できる指向性の強い放射光を光源に用いた,ニッケルのメスバウアー分光法の実用化に大きな期待がもたれていた。
今回,SPring-8のシンクロトロン放射光を利用してニッケルのメスバウアースペクトルを観測できる測定システムを新たに構築した。この測定システムでは,最初に放射光を試料に照射して,その中に含まれるニッケル元素の同位体(61Ni:核共鳴エネルギーは67.4 キロ電子ボルト)に核共鳴吸収させる。
次に,試料を透過したX線をエネルギー基準物質(61Ni同位体を含み,狭いエネルギー幅で共鳴する物質)に照射する。このエネルギー基準物質の速度を調節して動かすと,光のドップラー効果を利用して,基準物質に含まれる61Ni同位体に核共鳴吸収される入射X線のエネルギーを変えることができる。
一方,放射光がエネルギー基準物質に核共鳴吸収されると,それに伴い二次的に発生するX線や電子が不特定な方向に散乱される。これらの散乱強度とエネルギー基準物質の速度の相関を記録すれば,試料側のメスバウアー吸収スペクトルを観測できる。
実験では,僅か0.1グラム(従来法で実験を行なうのに必要な試料量の1/10以下)の六方晶のニッケルナノ粒子(粒径:約40 nm)に放射光をピンポイントで照射することにより,統計性の良いスペクトルを得ることに成功した。スペクトルの解析から求められたニッケルナノ粒子の磁気モーメントの大きさは0.3μBで,バルクのニッケルの半分以下にまで低下していることが分かった。
ニッケルナノ粒子の磁気モーメントが低下する原因としては,結晶構造が異なることに加えて,試料作製の過程で混入した炭素による影響が予想される。このため,理論計算と実験結果を比較した結果,今回測定を行なったナノ粒子では,ニッケルに対して10%程度の炭素が入り込んでいることを突き止めた。
磁性材料・触媒・電極材料・水素貯蔵材料など,様々な物質の原料として用いられているニッケルのメスバウアー分光測定が比較的容易にできるようになったことで,これら材料の機能発現のメカニズムが解明され,その高性能化につながることが期待できるという。
また,高指向性の放射光とニッケル元素の共鳴現象を利用した手法なので,少量の試料で測定ができ,有機物などでコーティングされていても,内部のニッケルだけを特定して評価できるという特長がある。このため,組成や構造が複雑で材料評価が難しいハイブリッドナノ材料研究の強力なツールになることが期待されるとしている。
研究グループは今後,ニッケルの放射光メスバウアー吸収分光法を駆使して,ニッケルナノ粒子を高分子材料に分散することで高い触媒活性を示す先端ナノ材料の機能発現メカニズムを解明していく予定。
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