理研,SACLAのマルチビームライン運転に成功

理化学研究所(理研)の研究チームは,X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAにおいて,世界で初めて2本のビームラインで同時にX線レーザーを発振させることに成功した(ニュースリリース)。

SPring-8などの放射光施設では,円形加速器である蓄積リングの円周に沿って設けられた数十本のビームラインで,同時に多数の利用実験を行なうことができる。これに対し直線形の線型加速器を使うXFEL施設では,加速した電子ビームを通常1本のビームラインに送るため,複数の利用実験を同時に行なえなかった。

研究チームは,線型加速器終端に高精度キッカー電磁石を設置することにより,電子ビームをパルス毎に2本のビームラインへ振り分け,レーザーの同時発振に挑んだ。

XFELは,長さが100m以上あるアンジュレータ内で,電子ビームと光パルスを空間的に重ね合わせてレーザー光を発生させる。このときまっすぐ進む光に対し,電子ビームの軌道も20μm以下(髪の毛の太さの1/4程度)の精度で100mにわたり直線でなければならない。そのため,特に電子ビームをパルス毎に振り分けるキッカー電磁石の電源には,非常に高い安定性が求められる。

今回,理研がニチコンと共同で開発した高精度パルス電源は,スイッチング周波数100kHzの電界効果トランジスタを用いたパルス幅変調制御の電源で,最大60Hzの台形電流パルスを両極性で出力することができる。

出力電流パルスの安定性は,通常の電流モニターでは精度が足りず測定できないため,ゲート型NMR検出器を用いて,キッカー電磁石のパルス磁場を測定し評価した。60Hz受電系から来るノイズなどの影響を避けるため,スイッチング周期を受電系に同期させるといった工夫の結果,電流パルスの安定性は目標値である1×10-5(peak-to-peak)をクリアした。

その結果「1m先で見たときビームの位置が1000万分の1メートルしかずれない」100nradという非常に高い精度で電子ビームパルスを振り分けることが可能になった。

レーザー波長を自由に変えられる波長可変性は,XFELの重要な特色の1つ。同じエネルギーの電子ビームパルスをただ振り分けるだけでは,2本のビームラインのレーザー波長を独立に大きく変えることはできず,利用実験にとって,大きな制約となる。

そこでSACLAでは,線型加速器の一部の加速空洞の繰り返し周波数を変えることで,パルス毎に異なるエネルギーまで電子ビームを加速する「マルチエネルギー運転」の技術を開発してきた。このマルチエネルギー運転と高精度な電子ビームパルスの振り分けを組み合わせることで,2本のビームラインへ送る電子ビームエネルギーをパルス毎に変えることができ,2つのレーザー波長を広範囲にわたり独立に調整することができる。

30Hzの電子ビームパルスを,異なる2つのビームエネルギー(6.3GeVと7.8GeV)までパルス毎に交互に加速し,低いエネルギーの電子ビームパルスと高いエネルギーのパルスを振り分けたところ,SACLA通常運転時のレーザー安定性(約10%)と同等の安定性が得られた。このときのレーザー光のスペクトルを測定した結果,2本のビームラインのレーザー波長は,2倍以上の広範囲にわたり変更がすることができた。

現行のマルチビームライン運転では,電子ビーム振り分け時に電子ビーム輸送路におけるコヒーレント放射の影響で,電子ビームパルスのピーク電流やレーザー出力が制限されるという課題が残っている。今後,より強いレーザー出力を使った利用実験がマルチビームライン運転下でも実施できるよう,電子ビーム輸送路のビーム光学系の改善により,更なるレーザー出力の向上を目指すという。

また,SACLAでは試験運転においてレーザーの繰り返しを60Hzまで増強することに既に成功している。来年度中には,利用実験時におけるレーザーの繰り返しを現行の30Hzから60Hzに上げる予定。電子ビームパルス数は現行の2倍になる。

60Hzでマルチビームライン運転を行なうと,2本のビームラインに電子ビームパルスを均等に振り分けても,現行のレーザー繰り返しである30Hzを保ったまま,同時に2つの利用実験が実施可能。さらなる利用機会の拡大によって,SACLAによる多くの成果の創出が期待できるとしている。

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