理研ら,コンパクトNMRの実現技術を開発

理化学研究所(理研)とジャパンスーパーコンダクタテクノロジー,JEOL RESONANCE(日本電子株式会社の連結子会社),千葉大学の共同研究グループは,レアアース系高温超伝導ワイヤを用いた核磁気共鳴(NMR)装置を開発し,タンパク質試料のNMR測定に成功した(ニュースリリース)。

NMRは,タンパク質などの生体高分子の立体構造解析や材料研究など幅広い分野で使用されている。NMRは磁場が高くなるほど感度と分解能が向上するため,高磁場を発生させるために超伝導ワイヤをコイルに巻いて電磁石を作製し,低温で超伝導電流を流す。

さらに,レアアース系の高温超伝導ワイヤを利用すれば,現在の世界最高記録である1,020MHzを大きく上回る超高磁場で,極めてコンパクトなNMR装置が実現できると期待されている。

しかし研究グループが試験コイルと実際のNMRで検証を行った結果,レアアース系高温超伝導ワイヤを用いた磁石には,①冷却により歪みが生じるため超伝導特性が劣化する,②ワイヤの大きな磁性により磁場が乱れ,NMRに必要なレベルの均一な磁場(不均一成分が中心磁場の1億分の1以下)を発生できない,といった大きな2つの課題があることが分かった。

①については,テープ型のワイヤをコイルに巻いて固定する際,通常用いられる硬いポリマーでコイルを固めると,コイルを冷却するときの歪みによりワイヤの多層構造が剥離することが原因と判明した。

そこで共同研究グループは,軟らかいパラフィンワックスをコイル全体に浸透させることで,冷却による多層構造の剥離を防ぎ,超伝導特性を劣化させない製作法を確立することで,この課題を解決した。一方,②はレアアース系高温超伝導ワイヤの根本的な課題として残されたままだった。

レアアース系高温超伝導ワイヤは,厚さ1μmで幅数ミリメートルの超伝導薄膜を含む多層のテープ形状をしている。この形状に起因してワイヤが非常に大きな磁性を持つため,コイル内部の磁場の分布を乱すことが分かっていた。研究グループは,試料の近くに強磁性材料を設置することで,磁場の空間的な不均一性を効果的に打ち消す方法で,この課題を解決した。

これはMRIで用いられている「鉄シム」と同じ考え方。MRIでは,人間が入れる大きな室温空間の中に数十個の鉄片を最適化計算の結果をもとに複雑に配置している。

しかし,NMRでは試料を入れる室温空間が狭く(直径約5cm),必要な磁場均一度もMRIより数桁高いため,この方法での問題解決は困難。そこで,逆のアプローチとして,少数の鉄シートのサイズや位置を調整することで,狙った磁場不均一性を打ち消そうとした。

実際に,たった6個の小さな鉄シートを試料近くのわずか1mmの隙間に並べ,さらに銅コイルによって磁場分布の微調整をすることで,最適化計算や複雑な配置なしに課題を解決できた。

この工夫を施すことにより,レアアース系高温超伝導ワイヤで巻いたコイルを組み込んだ400MHzのNMR装置の開発が実現した。開発したNMR装置でタンパク質の溶液試料を測定したところ,試料空間内の磁場の不均一性が10億分の1レベルとなり高分解能NMR測定に成功した。レアアース系高温超伝導ワイヤを用いた磁石での高分解能NMR測定は世界初。

今回の成果は,1,200~1,300MHz級の超高磁場NMR開発へ向けた1つのブレークスルーであり,少数の鉄シートを用いた超精密磁場発生手法は,今後のコンパクト超高磁場NMR開発に不可欠な要素技術となるもの。

現在の世界最高磁場である1,020MHz NMRは,低温超伝導ワイヤとビスマス系高温超伝導ワイヤを組み合わせた磁石を用いており,コイルの重量だけで4トンになる。

一方,今回開発したレアアース系高温超伝導コイルを中心にした磁石を用いれば,1,300MHz級のコイル重量は1~2トンに収まると試算されており,極めてコンパクトな超高磁場NMR装置が実現できる。

これにより,主要な創薬ターゲットである膜タンパク質の理解が進み創薬に大きく貢献するとともに,二次電池の素材や量子ドットなどの先端材料開発の加速が期待できるとしている。

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