府大,らせん構造磁石のひねり数の制御・検出に成功

JST戦略的創造研究推進事業において,大阪府立大学は,キラル(対掌性)な磁石単結晶において,数十から数百もの多段階のらせんのひねり構造が現れ,それらを電気的に検出できることを発見した(ニュースリリース)。

現在の情報処理に使われている磁石を用いた電子デバイスは,デバイス内にある2つの磁石の向き(平行配置と反平行配置)を“0”と“1”の2値化(2進数)された電気信号として情報処理を行なう。今後,ビッグデータ社会に対応するには,従来の「2値動作」とは異なる革新的な電子デバイスの動作原理の開発が望まれている。

研究グループは,物質の“キラリティ(対掌性)”を鍵として,キラルな結晶構造を持つ磁石単結晶に注目して研究を進めており,2012年に片巻きらせん状に配列した磁気構造で,その周期が磁場に応じて変わり試料全体に渡って一様に現れる状態(キラル磁気ソリトン格子)を世界で初めて見出した。“キラル磁気ソリトン格子”は巨視的に位相のそろった磁気秩序とみなすことができ,さまざまな量子機能を持つと期待されている。

研究グループは今回,“キラル磁気ソリトン格子”が示す“らせん構造のひねりの数”に着目し,キラル磁石の中には多数の磁気情報があるとみなすことができると考えた。この仮説を検証するために,キラルな磁石であるCrNb3S6単結晶を用いた微小な磁気電子デバイスを作製し,電気抵抗を計測し,その様子を電気的に検出した。さらに,透過型電子顕微鏡を用いた高空間分解能観察を行ない“ひねりの数”が変化する様子を直接数え上げた。

その結果,微小な磁気電子デバイスには数十から数百もの磁気状態が形成されており,その磁気状態は磁場を用いて1つずつ多段階に変えることができることを発見した。さらに,それらの多段階の磁気状態を多値的かつ離散的な電気信号の変化として検出できることを明らかにした。

具体的な研究内容は次の通り。
【結晶合成】:化学気相輸送法を用いて,高品質で数mm径のキラル磁石単結晶CrNb3S6を育成した。
【デバイス作製】:微細加工技術を用いて,数十㎛サイズの微小単結晶デバイスを作製した。
【電気計測】:精密電気計測を行ない多値的で離散的な磁気抵抗の検出に成功した。
【透過型電子顕微鏡法を用いた直接観察】:共同研究を行っている英グラスゴー大学で稼働する透過型電子顕微鏡を用いて,ローレンツ電子顕微鏡法による超高空間分解能観察を行なった。微小単結晶デバイスにおいて“キラル磁気ソリトン格子”が離散的に変化する振舞いを直接観察し,離散信号の発現機構である「ソリトン閉じ込め効果」を発見した。
【理論研究】:ロシアウラル連邦大学との共同研究により,「ソリトン閉じ込め効果」の発現機構を理論的に解明した。

物理的には,「ソリトン閉じ込め効果」や「電気的特性の離散化(量子化)効果」は“キラル磁気ソリトン格子”に特有のトポロジカルな性質(ソリトン数を数えることができる)やスピン位相が巨視的に揃った性質(コヒーレント状態)を反映して現れる稀有な物理現象。このような効果が数十μm以上もの試料全体に渡って発現するのは大変興味深いこと。

キラル磁石単結晶を用いた磁気電子デバイスでは多値化された電気信号を扱うことができ,原理的に「多値的なデバイス動作」を可能にすると考えられるという。このようなデバイスを配列化して集積すれば,情報処理量やメモリー密度の飛躍的向上が見込まれる。

例えば,10段階の状態を取扱えるデバイスを10ケ集積すれば1010の情報量を扱うことができ,情報処理量は従来の210とは桁違いに大きくなる。膨大な情報量を処理するビッグデータ時代に対応するには,デバイス動作原理の抜本的な発想の転換が必要であると言われている。

キラル磁石単結晶を利用した「多値的なデバイス動作原理」はまだ基礎研究の段階にある。研究グループでは今後,動作条件やデバイス形状の最適化などその潜在能力を検証していくとともに,市場ニーズを踏まえその応用分野を開拓していく。さらに,キラル磁石単結晶に関する基盤学術を確立するため,実験研究と理論研究を両輪として研究開発を進めていくとしている。

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