京大,レーザーによる結晶格子で平坦バンドを実現

京都大学の研究グループは,レーザー光を組み合わせて作る光格子においてリープ(Lieb)格子と呼ばれる特殊な結晶構造を実現し,そこに極低温の原子気体を導入した系で,物理学の難問である遍歴強磁性の解明に役立つと信じられている「平坦バンド」の性質を観測することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

近年,光格子と呼ばれる人工の結晶をレーザー光で作る技術が確立し,物質が低温で示す特異な性質を極低温の原子気体を使って調べようとする研究が注目を集めている。光格子中の原子気体は大掛かりな真空装置の中のごく小さな領域でしか存在できず,直接見たり触れたりできないが,「普通の」物質が示す磁性・超流動などの重要な性質をより理想化された環境で研究できる格好の舞台となっている。

固体結晶が低温で示す物性には,その結晶が持つ空間構造が色濃く反映されている。光格子研究の初期段階では容易に作成できる単純立方格子を用いた実験がほとんどだったが,最近ではより興味深い物理現象を研究するためにレーザー光を複雑に組み合わせて多様な光格子が実現されてきた。研究グループでは,リープ格子と呼ばれる格子に着目し,光格子系の持つ高い制御性を最大限に生かした量子状態制御を行なうことで世界に先駆けた研究が実現した。

まず,波長532nmと1064nmを持つ2種類のレーザー計6本を数μmの精度で重ね合わせ,光リープ格子の作成に世界で初めて成功した。リープ格子中にボース・アインシュタイン凝縮した極低温のイッテルビウム原子を導入することで,そのユニークな性質を調べることができるようになった。

平坦バンドを形成するメカニズムとなっているのが,量子力学的干渉効果と呼ばれるもの。量子力学によれば,粒子は粒であると同時に波の性質を持ち,「波動関数」(確率の波)として空間の広がった領域に存在することができる。波の持つ基本的な性質に干渉効果(2つの波が場所や時間によって強め合ったり打ち消しあったりすること)があるが,リープ格子ではこの波動関数が絶妙に干渉しあうことで,「動かない波」が無数に形成される。

この動かない波こそが平坦バンドを形成する状態であり,その特異な性質の鍵となっている。リープ格子中のボース・アインシュタイン凝縮体は通常の状態では平坦バンドに入らないが,研究では光格子の形状を巧みに変化させることで凝縮体を平坦バンドに移し,その変化を調べることで,格子中を運動しない「凍った物質波」を確かに観測することに成功した。

また,リープ格子の構造のバランスをあえて崩すことで干渉を不完全にすると再び物質波が動けるようになることも観測することができた。このように平坦バンドの完全性を操作できることは,理論の中でのみ存在する完全な平坦バンドと,歪みを含む現実的なエネルギーバンドで起こる物理現象を繋ぐ重要な役割を果たすと期待されるという。

人工的な環境下での平坦バンドの実現として,ごく最近にフォトニック結晶や励起子ポラリトンの例が相次いで報告されたが,これまでに興味を持たれてきた平坦バンドの物理現象を再現できるものとして光格子の系は現状で最も有望だという。ボース粒子とフェルミ粒子という本質的に異なる二種の粒子を扱えることは大きなメリットで,ボース粒子で実現の可能性がある超固体の探索や,フェルミ粒子の遍歴強磁性の問題に取り組む第一歩を踏み出したとしている。

これらの状態が光格子で実現されれば,その結果を物性物理にフィードバックすることで有用な物質開発に役立つと期待される。光格子で研究可能な物性物理学の対象は非常に多岐にわたっており,今後は原子気体を冷却する技術をさらに発展させ,物質の性質を決める原理の解明に向けた量子シミュレーターの実現を目指すとしている。

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