東大,高精度なウェアラブル体温計を開発

JST戦略的創造研究推進事業の一環として,東京大学の研究グループは,薄くてしなやかなプラスティック製の温度計を印刷プロセスによって作製し,生体組織に貼り付けて表面温度の分布を測定することに成功した(ニュースリリース)。

フレキシブルデバイスは,電子ペーパーからウェアラブルエレクトロニクスへと応用範囲が急速に広がりを見せている。特に,体温は健康管理のための基本的な情報であり,低コストで簡便なウェアラブル体温計の開発が重要性を増している。

このような背景の中,グラファイトなどの導電性物質を添加したポリマーの中で,温度の上昇に伴って電気抵抗が増加する材料は,ポリマーPTC(Positive Tempera ture Coefficient:正温度係数)と呼ばれ,温度センサーや加熱防止のための保護素子への応用が期待されている。

ところが,ポリマーPTCを使って,体温付近における優れた温度応答性(感度0.1℃以下)や繰り返し温度を上げ下げすることに対する高い再現性を実現することは困難だった。また,くにゃくにゃと曲げられる機械的な耐久性, 印刷のような簡単なプロセスによる加工を同時に実現する材料も報告がなかった。

研究グループは,グラファイトを添加したアクリル系ポリマーを使って,高い感度(0.02℃)と速い応答速度(100ミリ秒)を両立したプリンタブルなフレキシブル温度センサーの開発に成功した。

この温度センサーは,体温付近で非常に大きな抵抗値の変化を示し,1000回以上繰り返し温度を上げ下げしても高い再現性を示す。曲率半径700㎛に曲げても壊れることなく,また生理的環境でも動作する。さらに,25℃から50℃まで応答温度を自由に調整できる。

開発の決め手は,ポリマーを合成する際に,2種類のモノマーの重合割合を変化させることによって,温度センサーの応答温度を体温付近に調整できるようになったことだという。具体的には,オクタデシルアクリレートとブチルアクリレートの2種類のモノマーの混合比率を変化させて,25℃から50℃の範囲で応答温度を制御した。

従来の手法では,ポリマーの分子量を変化させることによって応答温度を調整してきたため,応答温度の制御性が良くなかったが,研究では,分子量ではなく混合比率で応答温度を調整する手法を確立し,0.02℃という精度を達成した。

この温度センサーは,抵抗値の変化が非常に大きいため,複雑な読み出し回路を用いずに精度の高い計測ができる。研究グループは実際に,ダイナミックに呼吸運動している状態で,ラットの呼吸の呼気と吸気における肺の温度差が非常に小さい (約0.1℃)ことを世界で初めて実測した。

さらに,有機トランジスターのアクティブマトリックスと集積化した多点の温度計を製造することによって,リアルタイムで表面温度の分布を計測することに成功した。従来のフレキシブル温度センサーは,多点計測の測定点が増えた場合や,センサーの曲げによる歪みが加わった場合には,高精度に温度を計測できなかった。

一方で,今回の温度センサーは,体温付近で,5℃の温度変化に対して,抵抗値が5桁にも及ぶ変化を示す。そのため,多点で大面積にデバイスを作製した際にも,複雑な読み出し回路を用いずに,高感度に温度を測定することができるようになった。

今回開発された温度計を絆創膏にプリントすることによって,皮膚に直接貼り付けて簡単に体温を計測するという応用が考えられる。赤ちゃんや患者の体温の常時モニターができるようになると期待される。また,手術後に患部に体温計を貼り付けて,炎症による局所的な発熱など異常の有無をモニターするという利用方法も考えられるという。

さらに,従来のサーモグラフでは,服の中の体温は外から計測できなかったが,このセンサーを利用すれば,活動中に服の内側の体温計測や体表面の温度分布の計測が可能となり,快適で機能的なスポーツウェアの開発などに利用することが期待されるとしている。

関連記事「東大染谷研究室が開発する伸縮性導電インク」「産総研,衣類のようにフレキシブルなトランジスタを開発」「東大,室内光で発電・動作する腕章型フレキシブル体温計を開発」「九大,フレキシブルな高性能n型熱電変換材料を開発