産総研,エビやカニから柔軟で透明な断熱材を開発

産業技術総合研究所(産総研)は,天然高分子のキトサンを素材とした柔軟で透明な高性能断熱材を開発した(ニュースリリース)。

現在,冷暖房に必要なエネルギー消費を抑制する目的で積層ガラスや真空断熱窓などが利用されているが,重い,厚い,曲面への対応が困難,施工が大がかりで高コストであるなどの課題がある。また,他の用途でも透明性と断熱性,柔軟性をあわせ持つ材料が望まれているが,これまで実用化されていない。

透明性と断熱性をあわせ持つ材料に,超低密度のシリカゲル(シリカエアロゲル)があるが,柔軟性を持たず非常に脆く割れやすい材料であるため,加工性や機械的強度に問題があり,窓用の断熱材として広く普及するには至っていなかった。

高い断熱性と柔軟性,透明性を両立するためには,柔らかく繊維質のポリマーを素材に用いて低密度な固体を作製する手法も考えられる。近年では植物繊維を解きほどいたセルロースナノファイバーを素材とする断熱材の研究が行なわれ,シリカエアロゲルに近い断熱性を示すことが実証されているが,今回,よりシンプルなプロセスで柔軟で透明な断熱材を作製することを目指した。

今回新たに開発した柔軟で透明な断熱材は,セルロースと類似した分子構造を持つ天然高分子であるキトサンを素材とし,特殊な触媒などを用いない製造プロセスにより作製される。キトサンを薄い酢酸に溶かし,次いで,ホルムアルデヒド水溶液を加えてキトサンの分子同士を化学的に結合させて湿潤なゲルを作製した。

このゲルに含まれる水溶液をメタノールに交換したのち,高圧CO2を用いた乾燥プロセスによってメタノールを除去して,断熱材を作製した。この断熱材は,最も軽いもので体積の97 %が空気からなる超低密度なエアロゲルであり,直径5~10 nmの微細なキトサン繊維が三次元的に絡み合った均質な構造を持つ。

この構造は均質で100nm以上の大きさのムラがないため,可視光を散乱せず透明。なお,断熱材はキトサン分子同士の化学結合に起因して黄色く着色していた。この着色は,原料のキトサン水溶液とホルムアルデヒド水溶液の濃度を低くし,断熱材がより低密度になると希薄になった。

今回開発した断熱材の柔軟性を評価したところ,シリカエアロゲルは10%程度の変形で割れてしまうのに対し,今回開発した断熱材は95%以上でも割れずに均一に圧縮された。特に薄い断熱材は手で曲げることもでき,高い柔軟性を持つことがわかる。

また,開発した断熱材は低密度のものほど熱伝導率が低く,最も低いもので0.022 W/(m・K)であった。この値はグラスウール(0.04~0.05 W/(m・K))や発泡ポリスチレン(0.03~0.04 W/(m・K))などの市販の柔軟断熱材よりも優れ,シリカエアロゲル(0.012~0.02 W/(m・K))に近い断熱性能を示した。

今回開発した柔軟で透明な断熱材であるキトサンエアロゲルは,安価で環境調和性の高い素材からなり,酢酸への溶解とゲル化といったシンプルなプロセスで製造できる。また,優れた断熱性能と透明性,柔軟性をあわせ持つことから,既存の住宅の窓にも容易に後付けできる断熱シートや,曲面への対応や薄さ,軽量性が要求される自動車や飛行機の窓ガラスの断熱層など,幅広い用途での透明断熱材としての展開が期待できるとしている。

今後は,着色の解消に取り組み,透明性や柔軟性を一層向上させるとともに,窓用断熱材としての実用化を目指し,耐湿性・耐候性の評価と改善を行なうという。また,独特の絡み合い構造を活かして,防振・防音材料,分子吸着材料,各種複合機能材料への展開を検討する。

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