京都大学は,マイナス電荷をもつ水素イオン(ヒドリド)の高い活性を利用した酸窒化物の新しい合成法の開発に成功した(ニュースリリース)。
酸化物に置き換わる次世代型材料として,酸素イオン(O2−)が窒素イオン(N3−)と共存する化合物(酸窒化物)が注目を集め始めている。例えば,酸窒化物は酸化物に比べ小さなバンドギャップをもつことから,可視光応答光触媒や無毒顔料としての応用が期待されている。
しかし,酸窒化物の合成は窒素分子が安定で反応性が低いため難しく,出発原料をアンモニア(NH3)気流下の高温(900度〜1500度)にて焼成するという強い還元条件を必要とする。この過酷な合成条件のため,構成元素の種類,組成,結晶構造には大きな制約が生じ,ひいてはその機能性に大きな制限があった。
研究では,マイナス電荷の水素イオン(ヒドリド,H−)の高い活性を利用した酸窒化物の新しい合成法を開発した。この発見に先立ち,研究グループでは2012年にヒドリドを大量に含有するチタン酸化物(BaTiO2.4H0.6)の合成に成功し,500℃以下の低温において同物質中のヒドリドが気体中の水素分子と交換する能力があることを見出だしている。
今回研究グループは,このヒドリドの交換活性を化学反応に応用できないかと考え,アンモニア気流中,BaTiO2.4H0.6を低温処理(350〜500℃)した。その結果,ヒドリドと窒素の交換反応が進行し,新規組成の酸窒化物(BaTiO2.4N0.4)が得られた。
酸素イオン(O2−)と比べて大きな電荷の窒素イオン(N3−)は低温では拡散できないというのが従来の常識であり,低温アンモニア処理では試料の表面しか窒化されないと考えられていた。しかし,今回の反応では,“活性水素”の存在により低温条件にも関わらず窒素イオンが試料全体(粉末および薄膜)にわたって均一に拡散する。
また,得られたチタン酸窒化物BaTiO2.4N0.4が,極性構造(空間群P4mm)であることに着目し,圧電応答顕微鏡により誘電特性を検討した結果,強誘電体の特徴である分極反転を示すことがわかった。酸窒化物は次世代強誘電材料の候補として期待されており,今回得られたチタン酸窒化物は,試料全体の物性が制御された強誘電特性を示す初めての例となる。
マイナス電荷の水素イオン(ヒドリド)を含む酸化物(酸水素化物)は,今回のチタン系以外に,コバルト,バナジウム,クロムなどにおいて近年続々と報告されており,新しい物質群といえる。これらの酸水素化物においても“活性水素”としてのヒドリドを利用することによって,さまざまな特性をもつ酸窒化物が得られると予想されるという。
さらに,この手法のアンモニアの代わりに種々のガス種を用いることによってフッ素,硫黄,塩素などの異なる元素との交換を可能となる可能性があり,今後,ヒドリドを起点とした化学反応による新たな無機材料の設計・合成が期待されるとしている。
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