産業技術総合研究所(産総研)は,理化学研究所,高エネルギー加速器研究機構,科学技術振興機構と共同で,低分子系有機強誘電体を用いた薄膜メモリー素子を,溶液をパターニング塗布して製膜する印刷法により常温・常圧下で製造する技術を開発した(ニュースリリース)。
プリンテッドエレクトロニクス技術では,主に金属配線やトランジスタを作るために必要な半導体層を印刷する技術開発が進められてきたが,その他の機能性部材の印刷法はほとんど手つかずであった。なかでも強誘電体は,電子デバイスを低消費電力化できる優れた特長があるため,印刷技術による薄膜パターニング化技術の開発が望まれていた。
強誘電体は,従来,印刷法には向かないと考えられていた。有機強誘電体として高分子系が知られているが,その性能は無機物に比べて著しく劣っていた。だが近年,低分子系の開発が進み,産総研では印刷法が適用でき,鉛や希少金属を含まない多数の低分子系有機強誘電体を産み出している。これらをデバイス化するには,分子の並ぶ方向を揃えたピンホールの無い薄膜形成が不可欠だった。
今回,有機強誘電体として,2-メチルベンゾイミダゾール(MBI)を用いた。MBIは水素結合型有機強誘電体の一種であり,有機溶剤への溶解性に優れ,室温で優れた強誘電性を示し,低い抗電場(数十 kV/cm)で分極反転する。また,単結晶内では,2つの直交した方向に自発分極Pを現すことができる。膜の上下方向に電圧をかけるデバイスでは,自発分極は薄膜に対し垂直な方向の成分を持つ必要があるが,MBIはそのような分極方向をもつ板状結晶に成長しやすい。
1cm角の酸化膜付シリコン基板表面上に,幅100 μmの親水領域と,幅100 μmの撥水領域が交互になった縞状の親撥パターンを作製し,その上に平坦な板(ブレード)を用いてMBIを溶解させた溶液を掃引して塗布した。乾燥させると,親水領域上にだけMBI薄膜が選択的に形成された。
放射光X線回折測定により,この薄膜は単結晶と確認された。また,分子は水素結合により鎖状に連なり,基板表面に対して垂直な向きと水平な向きの2種類の方向に配列していた。その結果として現れる自発分極Pは,基板表面に垂直な向きから45度傾いていた。
基板平面に垂直な方向の分極成分を持つため,電極/強誘電体/電極を順に重ねた積層型デバイスの,上部電極と下部電極の間に電圧をかけると分極反転を起こせる可能性がある。
この単結晶薄膜(膜厚は約1µm)を用いてキャパシタ型のデバイス構造を作製したところ,熱処理などの前処理をしなくても、良好なヒステリシスループを示した。分極反転が生じた電圧は,10Hzの走査周波数では平均3~4Vで,きわめて低い電圧で分極反転可能なデバイスが得られると実証できた。さらに,速度1000Hzの走査周波数では数10万回程度まで強誘電特性を保持できることが分かった。電極構造を最適化すれば耐久性はさらに向上すると期待されるという。
さらに分極反転がミクロ領域でどのように生じているのかを,圧電応答顕微鏡を用いて調べた。膜厚約1 µmの薄膜に10~1000ミリ秒の様々な時間の間+20 Vの電圧をかけると,それぞれ時間によってサイズの異なる円形の分極反転ドメインが結晶表面に書き込まれていた。
ドメインのサイズは,電圧をかけた時間に対して対数関数的に増加し,最小値は直径500 nmで,室温大気下で40時間以上にわたって安定に保持されていた。なお,分極方向は90度回転ではなく180度反転と分かった。
研究グループは今後,開発した印刷法による薄膜作製技術を活用し,金属配線や半導体薄膜の印刷技術と組み合わせて全印刷法による電子デバイスの作製に取り組むとしている。
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