大阪大学の研究グループは,陽子ビームを用いた超精密測定技術により,原子核の中の陽子と中性子の自転方向を反転させるスピン振動を系統的に測定した結果,自転方向がわずかに整列していることを初めて実験的に示した(ニュースリリース)。
原子の中心には原子の1万分の1程度の大きさの原子核があり,陽子と中性子の二種類の粒子からできている。それぞれの粒子は地球や月と同じ様に自転運動,スピンをしている。地球が北極と南極を極とする磁石の性質を持つ様に,陽子と中性子も自転方向に対応した磁石の性質を持つ。
地球と月のように,同じ方向に自転するペアをスピン整列状態と呼ぶ。逆に,回転方向が互いに逆になっているペアをスピン相殺状態と呼ぶ。原子核の中では,右回転と左回転の2つの陽子(または2つの中性子)が強く結びついてペアとなるため,地球と月の様なスピン整列状態ができることはほとんどないと考えられ,実験でも観測されていなかった。
しかし,湯川秀樹博士が提唱した「パイ粒子による力」(パイ粒子交換力)には強いスピン間力があるため,これが陽子のスピンと中性子のスピンの間に働くと,陽子と中性子が同じ方向に回転するスピン整列状態ができるかもしれないということは予測されていた。
研究グループは,大阪大学核物理研究センターのサイクロトロン実験施設において,ケイ素28など陽子と中性子が偶数個ずつある原子核を対象として,陽子ビームを使った超精密測定技術を用いて原子核の中で陽子や中性子の回転方向を反転させるスピン振動を発生させ,その強さを高精度で測定した。
その結果,陽子と中性子が同時に振動するスピン振動が,互いに逆に振動するスピン振動よりも40%大きいということを初めて観測した。この結果から,スピン振動を起こす前の状態の原子核の中に,陽子と中性子が同方向に回転しているスピン整列状態が10%程度存在するということが明らかになった。
この様な状態は湯川博士が予言したパイ粒子交換力が原子核内の陽子と中性子の間に働いたとする解釈と一致する。従来の理論計算で予想されるスピン整列状態はほぼゼロでだったが,パイ粒子交換力をより正確に取り入れた最新の精密理論計算を行なったところ,実験結果と同程度のスピン整列状態が予想されることが分かり,パイ粒子交換力の痕跡が発見されたことが改めて裏付けられた。
原子核中でのパイ粒子の力の痕跡が発見されたことで,原子核の性質を研究するためには,パイ粒子交換力を正確に取り入れることが極めて重要であることを明らかにした。この成果は,今後の原子核の基礎的な性質の理解に大きな影響を与えるとしている。
また,原子核中にスピン整列状態があることが発見されたことから,外から加えられた磁場の中で原子核が微小な磁石となる能力(磁化率)が,従来の理解よりも格段に大きくなることになる。原子核の磁化率は,超新星爆発中のニュートリノの透過率や,マグネターと呼ばれる極めて強い磁場を持つ謎の天体の性質を決める重要な量であり,これらの天体現象の解明に近づくと期待されるという。
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