東京大学の研究グループは,空気中でレーザーが増幅される過程の一端を明らかにし,空気中に含まれる窒素分子がイオン化した際,第3の電子状態の存在が重要であることを示した(ニュースリリース)。今後,さまざまな媒質のレーザープラズマの発光やレーザー増幅機構の解明につながることが期待される。
フェムト秒レーザーパルスを空気中に集光することによって,空気に含まれる窒素分子をイオン化(電離),電子励起した結果,レーザーフィラメントと呼ばれるプラズマカラムを生成することが知られている。近年,レーザーフィラメントから観測される蛍光やレーザー発光について数多く報告がされている。
物質をレーザーによって電離した場合,最もエネルギーの低い電子基底状態に電子を失ったイオンが主に生成することが,理論研究や観測実験によって知られている。しかし,空気を電離したフィラメントにおける窒素イオンからは,エネルギーが高い電子状態(B 2Σu+,B状態)から電子基底状態(X 2Σg+,X状態)へのレーザー発光が391nmに観測され,なぜエネルギーの低いX状態よりエネルギーの高いB状態に多くの分布が存在するのか,その反転分布の原因については未解決のままだった。
極めて短いパルスを持つ数サイクルレーザーパルスを,今回空気中に集光することによってレーザーフィラメントを生成して窒素分子を電離したところ,B状態からX状態へのレーザー発光の増幅を,分光器によって波長391nmに観測した。
この実験結果は,4~6フェムト秒という非常に短い時間に反転分布が達成されていることを示しており,電子衝突や電子の再散乱による電子励起過程では反転分布を生み出すには難しいことから,新しい説明が必要になった。
そこで,この反転分布を説明するため,窒素分子イオンのX,A,B振電状態について,双極子遷移を考慮した理論モデルを検討し数値シミュレーションを行なった。
強いレーザー電場によって窒素分子が電離され,その後の各X,A,B振電状態の分布数を時間に対して調べたところ,B状態とX状態がレーザー場の存在によって強く相互作用して,X状態からB状態への分布の移動があること,また,レーザー場の存在によってレーザー発光に関与していない第3の電子励起状態(A 2Πu,A状態)とX状態との強い相互作用の結果,A状態の分布数が増加していることがわかった。
以上の結果から,窒素分子イオンのX状態の分布が,B状態とA状態に移動することによって,B状態分布数がX状態分布数を上回り,反転分布が起きていることを明らかにした。
今回の結果から,強いレーザー場の存在によって誘起されるさまざまな媒質のプラズマ発光やレーザー増幅機構の解明につながること,また,最近注目されているリモートセンシングによる物質同定法などへの応用が期待されるとしている。