大阪大学,東北大学,および米マサチューセッツ工科大学らの国際共同研究グループは,金属ガラスにおいて,無秩序の程度(緩和状態)を低温の熱処理と再冷却によって回復・制御させる「構造若返り現象」を理論的に解明することに成功した(ニュースリリース)。
金属ガラスは長周期規則構造(原子が規則的にならんだ結晶構造)をもたないランダム原子配列構造を有する金属材料で,高強度,高硬度で広い弾性変形領域と極めてたわみやすい性質を持つ。また200~400℃程度の比較的低温で水飴のように粘性流動を示すことから,原子レベルでの平滑性をもった精密成形加工が可能であるという特徴も有している。
このような優れた特性から,小型電子端末分野等のケーシング,タッチセンサー,スイッチング,特殊ネジ材料などに適用すべく研究開発が進められている。
しかしながら,このようなガラス構造では,低温での熱履歴や成型加工等によってばらばらに配列した原子が一部再配列してわずかに規則化する(構造緩和と呼ばれる)ことで脆化するということが問題となっていた。この構造緩和現象はエネルギー的に安定な方向になるため,一旦緩和して脆化した金属ガラスはそのままでは元に戻すことはできず,再溶解して一から作り直すしかないと考えられていた。
また,構造緩和は脆化等の劇的な変化をもたらすにもかかわらず,目視はもとより一般的な構造解析(X線回折等)や超音波探傷でも検知することができない微細な現象だった。
研究グループでは,一旦緩和させて脆化した金属ガラスをガラス構造特有の粘性流動が発現する温度(ガラス遷移温度とよばれ,通常融点の半分程度の温度)直上で極短時間熱処理した後,再度急冷することによって,そのガラス構造を延性に富んだ未緩和構造に逆戻りさせる現象(これを構造若返り現象と呼ぶ)を実験的に示した。
そして,その現象が起きる機構と条件を分子動力学シミュレーションによって理論的に説明し,その制御指針を構築することに成功した。
この研究による特筆すべき成果は,分子動力学シミュレーションを活用してガラスの緩和状態の解析を行ない,金属ガラスに与えられた緩和の駆動力となる熱履歴を融点付近の高温ではなく,ガラス遷移温度直上(ガラス遷移温度の1.1~1.2倍程度)の比較的低温域で消去できることを明らかにしたこと。
これによって,室温で緩和したガラスを再溶融しなくても,比較的低温に短時間保持することで脆化をもたらす原子配列をもとに戻せることを示したことになる。この場合,最後に冷やした速度がガラスの緩和状態を決定するので,それを変化させることでこれまで不可能と考えられていた緩和状態の制御が可能になることが予想される。
このような考察に基づいて,実際に緩和した金属ガラスを低温熱処理と再急冷させることで未緩和状態の構造若返りが起きることを証明した。またそのような構造若返りによって,外力が集中しておこる不均一変形(脆性的変形)を抑制し,より延性に富んだ均一な変形をもたらすことも明らかにした。
この研究成果は,基礎学理の面では,ランダム原子配列構造の制御という新しい概念の構築とその可能性を示した画期的なもの。また実用的な面では,優れた機械的特性を示す金属ガラス材料をより安定的に使用する革新的な構造制御法を提案するもので,小型電子端末分野だけでなく,広く機能性機械部材としての応用が期待されるとしている。
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