東京大学,東北大学,東京理科大学,埼玉大学らの研究グループは,分子性結晶の磁性体にX線を照射することによって乱れを導入した結果,結晶がもともと示していた反強磁性磁気秩序が,絶対零度に近い340mKという極低温まで消失していることを核磁気共鳴実験により明らかにした(ニュースリリース)。
結晶中の電子やスピンは高温では熱的なゆらぎにより無秩序状態を示すが,低温になると磁気秩序,超伝導などさまざまな秩序化現象を示すことが広く知られている。
このような秩序化現象に対して,結晶中の欠陥などに起因する乱れの効果は秩序化を曖昧なものにする場合が多く,電子状態の研究においては邪魔な存在だと多くの場合考えられてきた。一方で,電子同士が強く相互作用する電子集団においては,乱れの効果がどのような形で現れるかはよくわかっていなかった。
今回,研究チームは,分子性結晶κ−(ET)2Cu[N(CN)2]Cl(ET:ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレンの略)と呼ばれる,低温で反強磁性磁気秩序を示す磁性体(反強磁性モット絶縁体)に注目した。
この物質はわずかな圧力を加えることで金属化することが知られており,結晶中の強く相互作用する電子が,金属になる寸前のところで絶縁体になっているのが特徴。
研究ではまず,この物質に対しX線を500時間照射し,結晶中に乱れを導入した。そしてこの結晶の磁性を絶対零度に近い340mKという極低温まで、核磁気共鳴実験によって測定したところ,核磁気共鳴スペクトルが温度を下げても変化しないことを観測できた。これは,X線照射前の結晶が示していた反強磁性磁気秩序が,乱れによって完全に消失したことを示している。
一方,電子スピンは秩序化しないものの激しくゆらいでいることも核磁気共鳴実験でわかった。これらの結果は現在世界中で探索が行われている量子スピン液体状態が実現していることを示唆すものであり,本来であれば互いに強く相互作用して秩序状態となる電子スピンが,乱れによって量子スピン液体という新たな相に生まれ変わったことを意味する。
今回の成果について研究グループは,強く相互作用する電子の環境を乱すという,一見負の効果をもたらすと考えられる外部操作が,意外にも新しい量子相を発現させるという,新規な物質相の探索における逆説的で新しい方法を提示するものだとしている。
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