分子研ら,分子の高速回転運動の動画撮影に成功

自然科学研究機構分子科学研究所と東京工業大学の研究グループは,分子運動に関する高度な光制御技術と,独自に開発した高分解能イメージング装置を駆使することにより,分子が千億分の1秒スケールで一方向に回転する様子を連続画像として撮影することに成功した(ニュースリリース)。

分子は1秒間に100億回以上というスピードで回転運動をしている。分子の性質(電場・磁場・光への応答など)を詳細に明らかにしようとする際には,分子の回転運動を理解し制御することは不可欠となる。近年では,極短パルスレーザ技術を利用して,100フェムト秒刻みで分子の向きが変化する様子を観測することが実現されている。

ただし,これまで分子の回転方向を完全に特定することはできておらず,いわば右回りと左回りの回転をまとめて観測していたような状況だった。そのため,古典的な右回り・左回り回転に相当する量子力学的な回転運動とはどのようなものなのかを,実験的に検証することが残された課題となっていた。

回転する分子の姿を明確に観測するためには,多数の分子をまとめて観測することが現実的かつ有効だが,そのためには回転方向やスピード,回転のタイミングまでがそろった分子の集団を作り出す必要がある。

また,ナノメートル以下の分子が,100フェムト秒程度の時間スケールで刻々とその方向を変える様子を計測する必要がある。さらに,分子の量子力学的回転運動を観測するためには,分子同士の相互作用が無視できる希薄な気体状態である必要があり,時間・空間分解能とともに高い検出感度が要求される。

回転を揃える課題については,研究チームは既に,100フェムト秒程度の時間幅を持つレーザパルスを適切な時間間隔で2発続けて照射すると,右もしくは左回りに分子がそろって回転する状態を作り出せることを明らかにしていおり,今回,窒素分子を対象にこの手法を適用した。

次の課題については,クーロン爆発イメージング法と呼ばれる手法を利用した。ここでは,より強力な第3の極短レーザパルスによって回転する窒素分子から複数の電子をはぎとり,レーザパルスの時間幅以内で2つの窒素原子イオンに分解させる。

イオンが飛び出した方向は壊れる直前の分子の向きと一致するので,2次元イオン検出器によって測定することにより,分子の向きの分布(配向分布)を実験的に求めることができる。方向がそろった回転を誘起する第2のパルスと分子を「爆発」させる第3のパルスとの時間差を変化させて測定を繰り返すことによって一連の画像を撮影し,最終的に一方向に回転する窒素の動画としてまとめた。

2次元イオン検出器を用いるクーロン爆発イメージングは確立した計測法だが,これまでの撮影アングルでは,回転方向が右向きか左向きかを区別できなかった。研究では,電極を追加することでイオンの飛行方向を90度折り曲げることによって,一方向にそろって回転する分子に最適なアングルで撮影することを可能とした。

研究チームはこうした技術によって,窒素分子が左回りにそろって回転する様子を,33フェムト秒/フレームの時間分解能の動画として撮影することに成功した。画像1フレームは20万イオンの測定データに相当しており,角度分解能にして1度以下で分子の配向分布を決定できるだけの解像度が達成されている。

撮影された動画では,プロペラ型から十文字型へと形状が変化していく様子などが明瞭に観測された。これは,一方向に回転する分子運動の量子力学的振る舞いを実験的に明確に捉えた初めての成果。

研究具グループはこの成果によって,今後は量子力学的運動が,古典的な運動とどのように関連付けられるのかを,実験的に突き止める取り組みへと発展・深化するとしている。

また,分子運動を明瞭に可視化することは,分子の性質を利用するための基本でもあり,例えば,一方向にそろって回転する分子の集団は,極短パルス光を精密に制御するための「光学部品」や,2つの独立な極短パルス光の時間差を正確に計測する「ストップウォッチ」として利用することが提案されている。

このような応用には,分子の回転状態を予め精密に特定しておくことが不可欠であり,今回の高解像度回転イメージングは必須の技術となるとしている。

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