理化学研究所(理研)と東京工業大学の共同研究チームは,非対称な光学迷彩を設計する理論を構築した(ニュースリリース)。
光学迷彩は,光を自在に曲げる装置を設計,開発することで,物体や人を光学的に見えなくする技術。最近では,メタマテリアルと呼ばれる人工素材が注目されており,その特異な光学的性質を用いた,いわゆる透明マントのような光学迷彩装置の研究が進められている。
2006年に最初の光学迷彩装置の設計方法が理論的に提案された。この論文では,曲がった空間の電磁気学と異方性媒質とを対応させることによって光学迷彩装置を設計しており,空間のどの位置にどのような誘電率,透磁率の物質を置けばよいかということを具体的に示した。その後,これらの考えに基づいて,マイクロ波領域から可視光に至るまでメタマテリアルを用いた光学迷彩装置の実験結果が活発に報告されるようになった。
これまで提唱されてきた光学迷彩装置というのは,入射した光が一つの閉領域(シールド領域)を迂回するようにし,外部から見た人にとって,あたかもこのシールド領域内にある物体が存在しないように見せるというもの。この概念に基づけば,シールド領域の中に人が隠れたとき,外部からは 360°どの方向から見てもその人が見えないようにできる。
しかし,シールド領域には光が入らないので,そこに隠れている人は外部を見ることができない。つまり「外部からも内部からも見えない」という“対称的”な振る舞いを示す光学迷彩装置しか実現できなかった。そこで研究チームではこの問題を解決し,「内部から外部を見ることができるが,外部からは内部は見えない」という,“非対称性”を持つ光学迷彩装置を実現するための理論を考えた。
研究チームは,光に作用する「仮想的な電磁気力の理論(有効電磁場)」を用いることで非対称光学迷彩を設計する理論を構築した。これは2012年にスタンフォード大学のグループが提唱した「光子に作用するローレンツ力」の概念が基礎となっている。このグループは光を捕捉する光学的な共振器を格子状に配置し,その共振器間を光が曲がりながら伝搬する理論モデルを考えた。
そこで研究チームは,この格子共振器のアイデアが光学迷彩装置にも活用できる点に着目し,格子共振器を拡張し電場に相当する効果を発生させる,光学格子共振器を用いた理論モデル(光学格子共振器モデル)を構築した。
その結果,光があたかも一般的な電磁場中を運動する電子のように振る舞うことで,光学格子共振器のパラメータを調整するだけでかなり自由な伝搬光路を実現できることがわかった。特に磁場が及ぼすローレンツ力により,完全反対称な光路を実現できる。
また,電場から受けるクーロン力に相当する力により光路を調整することで,より多様で非対称な光の伝搬経路が実現できることが分かった。このように光学格子共振器モデルは,光学迷彩の設計において新たな方向性を与えている。
現在の研究は理論の提案に留まっているが,今回提唱する光学格子共振器モデルは,フォトニック結晶を用いた非対称光学迷彩を実現に近づける理論。また,非対称な光学迷彩という研究テーマは,まったく新たなメタマテリアルの開発をも促すもの。研究チームは,理論とメタマテリアル開発双方の進展により,非対称光学迷彩の構築が可能になることが期待できるとしている。
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