産業技術総合研究所(産総研)と日本電信電話(NTT)と共同で,金属系超伝導体の中で最高の超伝導転移温度を持つMgB2(二ホウ化マグネシウム)を用いて,小型冷凍機で使用できる超伝導分子検出器を開発した(ニュースリリース)。
超伝導分子検出器は,市販の質量分析装置の分子検出器では検出が難しいタンパク質などの重い分子も100%の感度で検出できる。しかし,大規模で高価な冷凍機を用いて絶対零度付近まで冷却する必要があるため,一般的な質量分析装置に搭載することは難しかった。
産総研では,超伝導技術によって分子検出器の技術的,原理的な限界を突破することに取り組んでおり,従来の分子検出器では原理的に測定できなかった二原子分子の二価イオンの検出や電気的中性粒子の直接検出を実現している。しかし,超伝導分子検出器の動作温度は0.3から4 Kの範囲にとどまっていた。
一方,NTTは,量子暗号通信において単一の光子を高感度・高効率に検出する光子検出器の研究を推進する中で,今回用いたMgB2の薄膜作製と微細加工に関する最先端の技術を蓄積し,世界に先駆けて赤外線波長領域の単一光子を検出している。
今回,両者は超伝導特性の優れたMgB2を分子検出に応用して,より汎用的な超伝導分子検出器を目指し,超伝導転移温度が39 Kと高い,MgB2を用いて超伝導分子検出器を作製した。
膜厚10 nm、線幅250 nmのMgB2ストリップラインを一筆書きのメアンダ形状に加工したもので,分子検出器サイズは50×50 µm2。この超伝導分子検出器を市販の質量分析装置に搭載し,酵素であるリゾチーム(分子量約14300)を分析したところ,リゾチーム1分子(単量体)に相当するピークとリゾチーム2分子が凝集した二量体に相当するピークが確認できた。
面積比を考慮した検出感度は,従来の室温動作の検出器の4倍程度。また,これは冷却装置の温度が13 Kで測定したもので,MgB2超伝導体を用いた分子検出器の有用性を示している。動作温度10 Kの冷凍機は,消費電力量が従来の25分の1以下と省エネで,重量は従来の5分の1以下と小型軽量であり,市販の分析装置との接続が容易になる。
さらに,今回開発したMgB2超伝導分子検出器が分子を検出する仕組みを,TDGL(時間依存ギンツブルグ-ランダウ方程式)と熱拡散方程式を組み合わせた超伝導理論解析により解明した。これにより,分子衝突によってMgB2ストリップ中に1 µm程度の常伝導領域が形成されることが分かったが,これは1 µmの精度で衝突位置を識別できることを示している。
イメージング質量分析は,試料中の分子の位置と質量を同時に分析できる技術であり,応用分野は医学,薬学,農学,工学など幅広い。研究グループでは,分子検出器にMgB2超伝導分子検出器を用いると,空間(位置)分解能が従来の10分の1以下である100 nm以下のイメージング質量分析が実現できると期待している。