東大,紫外レーザで「秒」の定義の実現精度を超える

JST戦略的創造研究推進事業において東京大学の研究グループは,水銀原子を用いた光格子時計(水銀光格子時計)を新たに開発し,研究グループが先行して開発した世界最高精度を持つ低温動作ストロンチウム光格子時計と直接比較し,現在の「秒」の定義の実現精度を超える周波数を計測することに成功した(ニュースリリース)。

正確な原子時計を作るには,原子に固有の振動数(=「原子の振り子」の振動数)を高精度に測ることが重要となる。光格子時計は,レーザ光を干渉させて生成した光格子と呼ばれる微小空間に原子を閉じ込めることによって,原子の運動を凍結させドップラー効果を抑制するとともに,多数個の原子の同時観測を実現し,原子時計の精度を飛躍的に向上させる。

一般には,レーザ光で原子を捕獲すると,レーザ光の影響を受けて「原子の振り子」の振動数が変化するが,「魔法波長」と呼ばれる特定の波長のレーザ光で光格子を作ると,「原子の振り子」の振動数は変化しない。

これまで光格子時計に用いられてきたストロンチウム原子やイッテルビウム原子では,黒体輻射の影響を受けやすいことが問題だった。黒体輻射のエネルギー密度は絶対温度の4乗に比例して増大することから,研究グループは,低温環境でストロンチウム原子を分光することによって黒体輻射の影響を1/100に低減する,低温動作ストロンチウム光格子時計を2014年に開発している。

一方,水銀原子は黒体輻射の影響を受けにくいため,室温動作でも環境温度の揺らぎが「原子の振り子」に与える影響を低減できる。水銀光格子時計は,複数の高安定な紫外レーザ光を必要とし技術的に難しいことから,これまで「秒」の定義の精度を超える水銀光格子時計は実現されていなかった。

研究グループは,紫外レーザの長期安定動作技術を確立し,水銀光格子時計の長期安定動作と高精度化を実現した。水銀光格子時計のずれを引き起こす要因を系統的に検証し,時計の不確かさを7×10-17と評価した。これまで実現された水銀光格子時計に比べ,およそ80倍の精度の向上を達成した。

高精度な時計の評価には,その時計と同等以上の精度の時計が必要になる。現在の「秒」の定義であるセシウム原子時計を基準にすると,セシウム原子時計の精度であるおよそ1×10-15までしか測定できない。そこで,より高精度に評価するために,先行して7×10-18の不確かさが確認されている低温動作ストロンチウム光格子時計との周波数比を測定した。

低温動作ストロンチウム光格子時計の光周波数(約429THz)と水銀光格子時計の光周波数(約1,129THz)の比を測定するために,光周波数のものさしの役目を果たす光周波数コムを用いた。光周波数コムは,同プロジェクトの委託研究で開発されたエルビウムファイバコムを使用した。

水銀光格子時計と低温動作ストロンチウム光格子時計の周波数比を8×10-17の不確かさで決定した。約3ヵ月の間を空けて測定した結果から,周波数比の再現性も確認された。今回達成した精度は,セシウム原子時計を使って国際原子時として共有できる「秒」の精度を10倍以上も上回る。この成果は,現行のセシウム原子時計を使った「秒」の定義では表現できない物理量を,高精度な光格子時計同士の直接比較によって示した極めて重要な成果。

このような高精度な周波数比の決定は,物理量の国際的な情報共有に重要となる。さらに,現在の「秒」の定義で表現できない物理量の測定は,「秒」の定義の不完全さをあぶり出し,「秒」の再定義の必要性の大きなアピールになるという。

水銀光格子時計とストロンチウム光格子時計の周波数比較は,微細構造定数と呼ばれる無次元の物理定数の経時変化を高感度に検出できる系として関心が寄せられている。研究グループは微細構造定数の恒常性を検証するため,水銀光格子時計の精度や測定装置の安定性をさらに向上させ,継続的にこの異種原子からなる光格子時計の周波数比を測定する。もし周波数比の経時変化が見つかれば,これまで「物理定数は定数である」との暗黙の仮定の上に成り立ってきた現在の物理学の体系を根底から覆す可能性が出くるという。

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