理研,熱による量子の流れの解析理論を構築

理化学研究所(理研)は,デバイス中の熱流や温度差によって引き起こされる熱輸送現象に対して,使いやすく正確な理論体系を構築した(ニュースリリース)。量子論で記述される物質特性に温度差を考慮した変数を導入することで,熱輸送現象による電流やスピン流などを高い確度で予測できることを示した。

エレクトロニクスやスピントロニクスの分野では,それぞれの特性を量子論に基づき解析する理論体系が確立している一方で,熱の効果あるいは温度差による力を理論体系に取り込むことは,原理的に難しいとされてきた。約50年前にアメリカのラッティンジャーにより熱の効果あるいは温度差による力を理論体系に組み込むことは原理的に可能とされたが,その理論は使い方が難しく,十分に物理的な考察を行なった上で使わないと全く誤った答えを出す場合があると知られている。

これは,平衡状態で存在している流れ(平衡流)を不十分に取り扱っているために起きていると考えられる。熱輸送現象を記述する理論体系は,電流などを扱う電子輸送現象を記述する理論体系よりも難しく,エレクトロニクスやスピントロニクスと比べ,遅れた理論となっていた。今後,より大きなデータ量の情報を高速処理するためにも,電子輸送の理論体系と同じように使いやすい,熱輸送現象の理論体系の構築を目指した。

電子の輸送現象では,電子を制御するために用いる電場をベクトルポテンシャルとよばれる変数で表す。ベクトルポテンシャルには,電子の流れである電流を生み出す働きがある。この効果を電子の輸送現象の理論体系に組み込み,電子の動きを解析することで,微小なデバイス中における電気信号の解析や、磁気記録デバイスにおける電流を用いた情報の読み書きの特性評価などが可能となる。

理研は今回,電場の代わりに温度差によって引き起こされるさまざまな流れ(電流やスピン流など)という熱輸送現象において,温度差と熱を運ぶ熱流の特性をベクトルポテンシャルで表すことで理論を定式化することに成功した。この定式化により,従来の熱輸送現象における理論にあった解析の難しさはなくなり,熱輸送現象を電子の輸送現象と同じように容易に解析することが可能となった。同時に,これまで直感的な期待であった「金属中の電子に対して電場と温度差の効果は同様に働く」という推測を裏付けた。

また,解析の結果,熱輸送現象の問題が,ある近似の範囲ではアインシュタインの一般相対性理論と全く同じ理論的構造を持っていることも明らかになった。ある状況下では温度差は,重力場や加速度と全く等価なものとみなすことができ,強い重力場中で現れる時間の遅れなどの効果を,原理的には微小な物体に大きな温度差を与えることでも実現できる可能性を示している。この事実が現れる理論的背景はまだ不明だが,物理学として大変不思議で興味深い事実だとしている。

今回確立した新しい理論に基づけば,マクロからミクロまで幅広い大きさの素子の中で温度差により引き起こされる電流,熱流,スピン流,また磁石の向きを制御するためのトルクなど,幅広い現象の精密な解析が容易に可能となる。理研では今後,多様な解析を進め,デバイス中の熱を効率よく輸送する仕組みや物質設計,さらには熱による温度差を用いた新しいデバイス動作の可能性を開拓していくとしている。

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