理研ら,脂質の分布をラマン散乱顕微鏡で観察

JST戦略的創造研究推進事業において,理化学研究所と大阪大学の研究グループは,脂質ラフトの重要な構成成分であるスフィンゴミエリンに小さな目印を付けることで,その分布の正確な観察に成功した(ニュースリリース)。

脂質ラフトは細胞膜中の微小領域で,免疫細胞応答やウイルスの侵入,シグナル伝達といった生体現象に関与し,スフィンゴミエリンなど特定の脂質分子が特異的に集合することで形成される。これらの脂質分子に膜たんぱく質が結びつき働くことでシグナル伝達などが促進されるため,脂質の分布は生命現象や疾患のメカニズムを知る上で重要な情報となる。

研究グループは,脂質膜におけるスフィンゴミエリンのありのままの分布を観察するため,ラマン分光法に注目した。ラマン散乱顕微鏡は,原子の結合状態(分子の振動)を識別して,その空間分布を検出できるため,蛍光物質を付加することなく,目的の分子の分布を直接観察できる。

まず,小さな目印となるアルキンを,スフィンゴミエリンに結合し,ジイン-スフィンゴミエリンを作成した。生体物質に含まれない炭素間三重結合を持つアルキンを結合させ,ラマン顕微鏡を用いることで,分子構造の似通った複数種の脂質が複雑に混ざり合った膜の中でも,スフィンゴミエリンのみを選択的に検出し,正確に観測することができる。

このジイン-スフィンゴミエリンと天然型スフィンゴミエリンの性質の類似性を調べた結果,ラマン散乱顕微鏡で検出できるジイン-スフィンゴミエリンはスフィンゴミエリンの代わりに使用できることが示された。そこで,ジイン-スフィンゴミエリンを用いて単層人工脂質ラフト膜を形成したところ,ラマン散乱顕微鏡でジイン-スフィンゴミエリンの分布を観察することができた。これは,人工脂質ラフト膜で初めてスフィンゴミエリンの分布の詳細を明らかにした例となる。

単層脂質膜は非常に薄く,また,ラマン散乱光は極めて微弱であるため,可視化することは不可能と考えられてきた。研究グループはラマン錯乱顕微鏡の観測結果を,従来の100倍以上高速に画像化できる技術(スリット走査による高速ラマンイメージング)を用い,単層脂質膜を観察することに成功した。

今回,ラマン散乱顕微鏡を用いた観察により,人工脂質ラフト膜におけるジイン-スフィンゴミエリンの濃度は,ラフトドメインの中心からその周辺にかけて“徐々に”減少することを見いだした。この結果は,スフィンゴミエリン濃度を徐々に変化させることで,ラフトドメインと非ラフトドメイン間で膜の厚さに差が生じないようにしていることを示唆している。

この研究成果は,ドメイン共存モデルとは異なる,新たな脂質ラフトのモデルを提起するもので,単一のラフトドメイン内でも,場所ごとに異なる機能や役割を持つ可能性を示している。

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