日本電信電話(NTT),情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII),大阪大学,情報通信研究機構(NICT)は,ダイヤモンド中に閉じ込められた電子スピンに超伝導磁束量子ビットを結合させることにより,ダイヤモンド中の電子スピンの寿命が約10倍に伸びることを世界で初めて示した(ニュースリリース)。
近年,既存のセンサの感度と空間分解能を上回る「量子センサ」を実現するための研究が,世界中で行なわれている。中でも,ダイヤモンド中の電子スピンは,マイクロ波の印加によりその方向を制御して量子的な重ね合わせ状態を生成することができ,光を照射することで方向の読み出しもできることや長寿命であること,また,数十㎚という極小ダイヤモンドで電子スピンを作ることができることから局所的なセンシングが可能になるとして,量子センサへの応用が期待されている。
しかし,ノイズが存在する環境下では寿命が短くなることから十分な計測時間の確保ができず,センサとしての感度が劣化するという問題点があった。そのため,ダイヤモンド中の電子スピンの寿命の向上は大きな課題となっている。
NTT,NII,大阪大学,NICTの研究チームでは,2011年に複数のダイヤモンド中の電子スピンと設計自由度が広く拡張性が高い超伝導磁束量子ビットという2つの異なる系をハイブリッド化した量子メモリの実現に成功した。この成果を活かし,ハイブリッド系を用いたダイヤモンド中の電子スピンの長寿命化に向けて研究に取り組んできた。
研究グループは,100マイクロ秒程度の寿命を持つダイヤモンド中の電子スピンと短寿命(10マイクロ秒程度)な超伝導磁束量子ビットを結合させるハイブリッド化により,電子スピンの寿命が約10倍となる950マイクロ秒にまで長くなるという現象を世界で初めて理論的に見出した。
これは,ダイヤモンド中の電子スピンを用いた量子センサの感度が一桁近く向上することを意味しており,高い効率で物質のイメージングが可能になると期待される。また,ダイヤモンド中の電子スピンはマイクロ波の印加といった外部からの要因を用いることで長寿命化を行なっていたが,この成果は,ダイヤモンド中の電子スピンを超伝導磁束量子ビットに置くだけで寿命を約10倍に長くできるという,超高感度量子センサ実現に向けた全く新しいアプローチとなるもの。
研究グループは,ダイヤモンド結晶中で,本来は炭素のあるべき位置に置き換わった窒素と,炭素が抜けてできた空孔との対から構成されるNV中心を,実際に超伝導磁束量子ビットに結合させ,寿命の向上を実証する実験に取り組む。また,このハイブリッド素子を用いた高感度量子センサの実現に向けた研究も進める。
特に将来的には,局所的な領域に複数のNV中心を閉じ込め,さらにそのNV中心間に量子的な絡みあいを生成し,古典限界を超える感度のセンシングの実現を目指す。このような量子センサが実現すると,数十㎚程度の局所領域での磁場,電場,温度などといった情報を高効率で検知できるようになる。その結果,人や動物の脳の活動情報を高い精度で読み取って病変を特定したり,数十㎚程度の極小物質の三次元構造を明らかにすることで製薬開発に応用することが,将来的には可能になるとしている。
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