産総研,レーザによる層状物質の構造制御の可能性を提示

産業技術総合研究所(産総研)は中国 四川大学および独マックスプランク 物質構造・ダイナミクス研究所と協力して,層状物質である六方窒化ホウ素(hBN)の層間距離を赤外線レーザ照射により縮められることを第一原理計算によるシミュレーションで理論的に示した(ニュースリリース)。

今回の研究成果は,強度をコントロールした赤外線レーザ照射により原子層の格子振動の振幅を増大させ,層内の分極を増大させることで層状物質であるhBNの層間の双極子引力を増大させる方法を理論的に提案したもの。この提案では,第一原理計算に基づく高精度予測によって,赤外線レーザ照射下での電子運動を時間依存シュレディンガー方程式で,原子核の運動をニュートン方程式でそれぞれ同時に計算する手法を適用した。

hBNは,層内にホウ素(B)と窒素(N)を含む化合物で,蜂の巣状の格子にホウ素原子と窒素原子が交互に並んだ構造の層が積層している。

このような層状物質の層間引力はファンデルワールス力と呼ばれる弱い凝集力であり,以前の研究で希ガスにおけるファンデルワールス力が紫外線レーザによる電子励起で増強できることが分かっていた。今回の研究は,電子励起の代わりに格子振動を励起して,ファンデルワールス力を増強するもの。

この層に赤外線レーザーを照射し,その波長を1.4 µmに調整すると層の上下にホウ素原子と窒素原子が反対方向に変位する格子振動を誘起でき,ホウ素と窒素がそれぞれ正と負の電荷をもっていることから,変位によってそれぞれの層に分極が生じ,これらの分極はお互いに平行となる。この平行な分極により引力相互作用が生じる。

この分極により発生するクーロン力は,hBNの層間距離を最大で元の距離の11.3%も縮められることが第一原理計算の結果明らかとなった。従来の報告では,グラファイトに800nmの波長の圧縮パルスレーザを照射すると,その層間距離が元の距離の6%まで一時的に縮まることが報告されていたが,今回はそれを上回る比率。

また,レーザ強度が強すぎる場合は,レーザ照射中に電子励起が起きるため,それがhBN層間の収縮を逆に妨げる効果があることも分かっており,層間距離の収縮のためにはレーザ強度の適切な調整(Power=1×1012 W/cm2程度)が重要であることがシミュレーションから示唆された。この強度は,市販されている固体レーザでビーム径をマイクロメートルオーダーに絞ることで達成できる。

研究グループは今後,実験的研究によりこの理論を裏付けるとともに,これら原子層材料の層間に取り込まれた化学物質の新規反応が赤外線レーザによる層間距離の圧縮で誘起される可能性を研究し,従来では得られない新材料の開発を目指す。また,この研究において,従来は主に熱的な効果のみが注目されていた赤外領域のレーザの応用範囲を,格子振動の誘起に伴う新たな化学反応の開発へと広げていくとしている。

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