東工大ら,SPring-8を用いて温めると縮む酸化物材料を発見

東京工業大学は,中央大学,高輝度光科学研究センター,京都大学との共同研究により,室温付近で既存材料の2倍以上の大きさの「負の熱膨張」を示す酸化物材料「BiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)」を発見した(ニュースリリース)。

ほとんどの物質は温度が上昇すると,熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造などでは,このわずかな熱膨張が問題になる。そこで,昇温に伴って収縮する「負の熱膨張」を持つ物質によって,構造材の熱膨張を打ち消す(キャンセルする)ことが行なわれている。

だが,現状では負の熱膨張を持つ物質の種類が少なく,市販品では最高でも温度上昇1度当たり100万分の40(-40×10-6 / ℃)の負の線熱膨張係数(収縮)と,小さいことが問題だった。東工大が報告したBi0.95La0.05NiO3(ビスマス・ランタン・ニッケル酸化物)は温度上昇1度当たり100万分の82(-82×10-6 / ℃)という巨大な負の熱膨張を示すが,昇温時と降温時で試料長さに差が出る「温度履歴」が大きいことが問題だった。また,熱膨張抑制材としての実証もなされていなかった。

大型放射光施設SPring-8での放射光X線回折による精密構造解析と,BL27XUでの放射光X線吸収実験から,低温ではビスマス(Bi)の半分が3価,残りの半分が5価という,特異な酸化状態を持っているが,昇温すると,ニッケル(Ni)の電子が一つ5価のビスマスに移り,ニッケルの価数が2価から3価に変化し,酸素をより強く引きつけるようになることが分かった。

この際,ペロブスカイト構造の骨格をつくるニッケル(Ni)-酸素(O)の結合が縮むため,約3%の体積収縮が起こる。この変化は徐々に起こるので,広い温度範囲にわたって連続的に長さが収縮する,負の熱膨張が観測される。X線回折実験で求めた微視的な格子定数変化と,熱機械分析装置を用いた巨視的な試料長さの変化の両方で,負の熱膨張を確認した。

また負の熱膨張が起こる温度域を,ニッケル(Ni)を置換する鉄(Fe)の量を変化させることによってコントロールできることを突き止めた。Bi0.95La0.05NiO3(ビスマス・ランタン・ニッケル酸化物)ではLa濃度を増やした場合に70℃以上にもなってしまっていた温度履歴幅を,BiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)では組成によらず15℃以下に抑制できた。

さらに,BiNi0.85Fe0.15O3の粉末をビスフェノール型のエポキシ樹脂に,体積にして18%分散させたコンポジット(複合)材料を作成,温度上昇1度当たり100万分の80(80×10-6 / ℃)というエポキシ樹脂の熱膨張を相殺し,27℃から57℃の範囲でゼロ熱膨張を実現できることも示した。

研究グループが新たに発見した負の熱膨張材料は,精密光学部品や精密機械部品など,既存の負の熱膨張材料が担っていた様々な分野での利用が期待される。それに加えて,絶縁体-金属転移を伴うことから,長さの変化を電気抵抗の巨大な変化に変換する,高精度のセンサ材料への応用へつながることも考えられるとしている。

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